続・竹林の愚人 2009年02月

オーディオ常識のウソ・マコト

続 オーディオ常識のウソ・マコト―デジタル時代の「よい音」の楽しみ方 (ブルーバックス)





千葉憲昭 「オーディオ常識のウソ・マコト」 講談社ブルーバックス 2008.03.20.

今日ではオーディオを語る上でデジタルの要素は無視できなくなっている。
CDがデジタルオーディオの象徴だった時代にはデジタルは特殊な存在だったが、現在では音楽を録音する際の選択肢として当たり前のものとなり、デジタル化の流れは、記録容量の増大に伴い、音声記録をゴージャスなものに変えている。
エレクトロニクス製品のデジタル化を推進したのがICで、回路を1つのチップに収容できるため、装置の小型化、低コスト化が図れる。
「IC文化」においては、一握りの技術者が充分な知識を持っていれば、その設計により生産された製品がどこでも使われるため、少ない回路設計技術者で何とかなる。
チップ化してしまえば、あとはそれほど高度な設計技術を必要としないので、「よいアンプ」が量産可能になった。
マイクロコンポにはカセットテープ、CD、MDなどのドライブが付属し、AM、FMチューナーまでついて、スピーカー込みの値段が2万円台などという製品も少なくない。
メインアンプの力不足、スピーカーの貧弱さという欠点は、ラインアウトやヘッドホン端子から出力を得て、別のメインアンプに接続すれば解決する。
このようなことができるのは、技術の進歩で、CDドライブやチューナーなどの性能差があまりなくなったからだ。
デジタル化すると、音声ファイルはデータを圧縮して保存するため、再生された音声信号が劣化するという。
WAVファイルには音声データをストレートに記録したPCM形式と、庄縮したADPCM形式があり、上限周波数は20kHZ、MPEG3ファイルは庄縮して上限周波数を約16kHZに抑えている。
人間の耳は20kHZまで聞こえるが、年齢とともに上限値は下がるので、16kHZという値にこだわる必要もない。
FM放送で送られる音声信号の上限周波数は15kHZだから、FM放送に満足できる人は大概MPEG3ファイルで庄縮された音質にも満足できるはずだ。
多チャンネル化による「サラウンド」は従来のステレオに比べて、より臨場感の高い音の世界が実現されている。
その典型ともいうべき5.1サラウンドを楽しむには専用の装置とたくさんのスピーカーが必要で、高いように感じられる。
ところが、1個のサブウーハーと、そこそこに低音が出るスピーカーを5個用意すればよい。
そこで、アンプ内蔵のパソコン用スピーカーをホームシアター用として、市販の変換コネクタでつなげると、安くて音のよい余裕のあるシステムが構成できる。
しかも投資は段階的に少しずつすればよいのだ。

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  1. 2009/02/28(土) 08:00:46|
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政治と秋刀魚

政治と秋刀魚 日本と暮らして四五年





ジェラルド・カーティス 「政治と秋刀魚」 日経BP社 2008.04.21.

今はリーダーを選ぶに当たっては、誰が一番国民の人気を得られるかを第一に考える。
しかし、40年前の日本の政治指導者の条件は、党内の支援が得られるかどうかという、派閥政治の時代だった。
日本の総選挙は1925(大正14)年の普通選挙法施行後、戦後第一回の選挙を除き、ずっと中選挙区制度で行われた。
中選挙区制は日本独特の制度で、政党は過半数近い議席を獲得しようとすれば選挙区で複数の候補者を出さなければならず、同じ政党同士の争いは激しくなる。
個人後援会が選挙運動の中核となり、就職の斡旋、地元利益に繋がる公共事業の誘導などが、その主な仕事となった。
1994年(平成6)に行われた選挙制度改革は、このような同一政党内での争いに終止符を打った。
2007年7月の参議院選挙に自民党が歴史的な敗北を喫した理由は、安倍首相の政策が抽象的で、国民の身近な問題の答えになっておらず、危機管理の対応のまずさにあった。
そして、経済改革を加速した小泉総理とそれを継承した安倍首相率いる自民党への地方の有権者からの反発であった。
田中角栄が1972(昭和47)年に『日本列島改造論』を出版し、大都会に比べて経済的に恵まれていない「裏日本」などの生活向上を訴え、政府が税金を回して後進地域を活性化するという政策をとった。
地方政治家は国会議員を支持することで中央と「パイプ」を繋ぎ、公共事業と補助金を地方に導入することが可能になった。
田舎から出てきた都会人にとって、収入の一部が補助金という形で「故郷」に吸い上げられることに抵抗はなかった。
しかし、今の大都会に住む多くの人にもう「故郷」などはなく、必死に生活している人たちの願いは、公共事業費をもっと減らせということであり、ばら撒かれる地方の側からも、「もう道路ばかりほしくない」。
地方議員の票をまとめる力が低下し、田舎の高齢化が進み、大きな力を持っていた利益団体が影響力を失っている。
こうした凄まじい時代の変革の波が、日本の政党政治に構造改革を迫っているのだが、自民党をはじめ日本の政党は立ち後れている。
政治的な閉塞状況が生まれるのは、そこに原因がある。
小選挙区制が導入されたことによって党内の争いから出てくるエネルギーがなくなり、与党と野党の政策上の違いが曖昧になった。
議会制民主主義なのに、リーダーを支えるのが世論となると、ナショナリズムを煽って大衆迎合するようなポピュリズムに傾き、何とか人気を高めようとする方向に行く危険性が強まる。
大正時代に遡る日本の政党政治の伝統と草の根の民主主義を今の選挙制度の下で守れるかどうか、これからの日本にとって重い課題だ。

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  1. 2009/02/27(金) 08:31:44|
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三輪山と古代の神まつり

三輪山と古代の神まつり

小笠原好彦・他 「三輪山と古代の神まつり―大和王権発祥の地から古代日本の謎を解く」 学生社 2008.08.30.

河上邦彦 古墳の成立時期と三輪山の神祭り 「考古学の立場から初期大和政権について調べたい」と思い、首都と考えられる纏向(まきむく)遺跡には王が居て、その宮殿があるはずです。
初期の大和政権と邪馬台国は同じもので、邪馬台国の卑弥呼の館がこの遺跡の内にあるはずだとだと考えています。
ところが、どこを掘ったら卑弥呼の館があるのかわからないので、その当時の王様の墓を発掘することを考えたわけです。
大和古墳群の中で確実に王様の墓だといわれるのは箸墓古墳、行燈山古墳(崇神陵古墳)、渋谷向山古墳(景行陵古墳)、西殿塚古墳の4基で、いずれも全長200m以上の大古墳です。
それが宮内庁の管轄にされているから掘れないのです。 そこで、中山大塚古墳、下池山古墳、黒塚古墳そして最後に、ホケノ山古墳を掘ったわけです。
卑弥呼は239年に中国の魂に使いをやっていますが、大和朝廷は3世紀末と考えられていたので、邪馬台国と大和政権成立の時代にずれがあります。
しかし、大和政権の最初が邪馬台国と言われているだけだと想定したのです。
ところが掘る古墳、掘る古墳、その築造年代決定の手がかりが見つかりません。
今まではすべて相対年代で、実年代を何かの形で根拠づけられるものがなかったのです。
ホケノ山古墳は全長約90mの前方後円墳で、後円部に比して前方部が短かいタイプで、墳頂直下には石垣のような壁が四周にめぐり、その中に木の柱と木板による室があり、その中に木棺の痕跡がありました。
放射性炭素「C14」で年代を調べると、木棺にされた木が切り倒されたのはAD30~245年です。
また、この古墳から後漢の終わりごろの「画文帯神獣鏡」が出ており、この鏡は中国にさえあまりないほど質のいいもので、180~200年ぐらいに作られたと思われます。
この2つのデータから、3世紀前半から中ごろの古墳となります。 だからホケノ山古墳の年代が3世紀前半だとすれば、邪馬台国が存在した時期の古墳ということになります。
ホケノ山古墳は当時の列島内では最大の古墳で、そのようなものが存在する所をどのように考えるかです。
大神(おおみわ)神社は日本で一番古い神社で、その古さを示しているのが、拝殿があって本殿がないというな神社だからです。
磐座(いわくら)があるのですが、磐座信仰は5世紀中ごろ以降で、もっと古くからの三輪山の御神体はお山の樹木です。
この源流は日本国家の起源と同じ頃までさかのぼるのは確かでしょう。
そして、日本国家の発生した場所にいまなお最も古い形の神祭りが残されているのです。

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  1. 2009/02/26(木) 08:03:40|
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Google map その2

尖閣諸島をネット上の地図で見てみます。

諸島01
Google Earth

諸島03
Google map 日本語版

諸島04
Google 谷歌 地图

今度は中国語版の地図が変です。
「钓鱼岛」が小さく、他の諸島が大きく表示され、輪郭もでたらめです。



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  1. 2009/02/25(水) 08:48:13|
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地図もウソをつく

地図もウソをつく (文春新書)





竹内正浩 「地図もウソをつく」 文春新書 2008.08.20.

各国が発行する官製地図は、もともと軍用地図から発展してきた歴史を持つ国が多く、日本も陸地測量部は陸軍参謀本部直属で、地形図は国防と直結していた。
旧朝鮮総督府庁舎が解体され、南大門(崇礼門)が焼失した今、韓国の首都ソウルにある日本人に知られた目ぼしい建物は青瓦台(大統領府)だろう。
しかし、世界的に有名なこの建物が、韓国国内で発行される地図にはまったく記載されていない。
1968年にソウルに潜入した北朝鮮特殊部隊が朴正配一大統領暗殺を企て、青瓦台を襲撃したからだ。
ロシア、中国、北朝鮮、韓国などでは、軍事・保安上の理由から、法令上、鉄道施設の撮影に規制がかかっている。
ロシアや中国では、鉄橋やトンネルの撮影がご法度だし、韓国では地下鉄や駅、高所からの撮影が禁止されている。
だから、鉄道が趣味の対象として認知されている国は、先進国にかぎられている。
鉄道が趣味として成立するためには、鉄道撮影の自由が確保され、鉄道に関する情報収集を許容する自由がなにより不可欠だからである。
鉄道ばかりか、横須賀港に碇泊する自衛隊のイージス艦や、基地を離着陸する自衛隊機を撮影して、とがめられない国は東アジアでは日本ぐらいのものだ。
国土地理院の地形図が昭和56年(1981)の909万8222枚をピークに、全盛期の6分の1以下と売れない。
地図の品揃えで知られた東京の大盛堂書店渋谷本店が閉店となり、京都では地図専門書店の草分けだった小林地図専門店が廃業している。
良質のガイドマップや道路地図が出回り始めたこと、さらには、インターネットの普及により、地域の情報や地図を気軽に入手できるようになり、日本にかぎらず世界中で事実上自由に情報のやり取りが可能になった。
ただし、中華人民共和国など一部の国は別だ。
地理情報を完全な政府の統制下におき、たとえばGooge Map日本語版で尖閣諸島の部分を拡大してみると、日本と中国双方の名称が併記されるが、中国側のサイトで見ると中国が主張する名称しか表示されない。
そればかりかインドとの領土紛争地域や南シナ海の領土紛争地域など、すべて中国政府の意向に沿う国境情報しか載っていない。
地図ばかりか、ネット検索でも、GoogleもYahoo!も中国の意向に沿った検閲を受け入れている状況だ。
どちらの国の主張が正当かという議論以前に、民間企業に内外からさまざまな圧力を加えることで表記を変更してしまうことが可能な時代となり、歴史的事実の改竄・捏造が簡単にできてしまうのだ。

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  1. 2009/02/25(水) 08:01:34|
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地震がくるといいながら高層ビルを建てる日本

地震がくるといいながら高層ビルを建てる日本 (講談社プラスアルファ新書)





デュラン・れい子 「地震がくるといいながら高層ビルを建てる日本」 講談社+α新書 2008.05.20.

日本に帰ると、「こんな高いビルを建てて、大地震がきたときのことを考えているのか」といつも思う。
確かに日本の建設技術はすぐれているだろう。
しかし、「それが本当に試されたことはない、つまり保証はない」と考えるのがヨーロッパ人だ。
「大震災の際、どうやって自宅まで帰り着くか」という地図や、「大震災のときには、これだけは持って逃げてください」というサバイバル・キットなどを目にして感心するが、地下何十mという地下鉄に乗って、「今ここで大地震がきたら、たぶん地上には出られないだろ」と気づく。
日本は昔から天災の多い国だ。
「地震、雷、火事、親父」というように、江戸では火事が多く、江戸時代末期には日本全国で巨大地震が頻発した。
自分で防げないこと、天災が起きたときはしかたないという無常観を、兼好法師の昔から持っているのかもしれない。
「大地震が起こる可能性があるのに、なぜそんな危ないところに人を住まわせるのか」という意見をヨーロッパの友人からよく聞く。
国土の約4分の1が海抜より低いオランダでは、地球温暖化で危険度の増した洪水にそなえて、川の水位を低くするあらゆる対策がとられ、住宅や農地を移動させて3kmもの堤防の位置を200mずらし、水の流れを妨げるような建造物を取り壊す。
「自然を克服していこう」というのがヨーロッパ人の発想なのだ。
そう考えれば日本人は、たぶん自然と共存する国民で、地震でも何でも自然の猛威は受け入れようということなのかもしれない。
自然を克服しょうとしてきた民族と、自然と共存しょうとしてきた民族との違いなのかもしれないが、ヨーロッパの人たちの目には自分の命や家族や財産を失うかもしれないのに「超高層ビルを建て続ける日本」と映るようだ。

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  1. 2009/02/24(火) 08:00:14|
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地デジにしたいなんて誰が言った!?

地デジにしたいなんて誰が言った!? (晋遊舎ブラック新書 10)





荒川顕一 「地デジにしたいなんて誰が言った!?」 晋遊社ブラック新書 2008.08.10.

日本の世帯当たりのテレビ所有台数は2.4台と言われ、約1億1280万台という。
2000年にBSが、2002年にCSが、そして2003年には地上波がデジタル放送を開始した。
デジタル放送受信機器に付録している“B-CASカード”の目的はDigital Rights Management、著作権を侵害する番組映像の売買や配信に歯止めをかけるためとされる。
カードにはBS・CS・地デジ共用の赤、地デジ専用の青があり、これを差し込まないとデジタル放送を観ることができない。
B-CASカードの所有権は「株式会社ピーエス・コンディショナルアクセスシステムズ」(B-CAS)にあり、パッケージを開封した時点で同社と契約したとみなされる“シュリンクラップ契約”で、B-CASの筆頭株主はNHKで、社長や役員はNHKのOBだ。
このB-CASカードの2000円が全てのデジタル放送対応機種にあらかじめ上乗せされている。
2011年に総地デジ化・アナログ波停波が無理やり成し遂げられても、チャンネル数が増えるワケでも、放送圏が広がるワケでもないので、CM収入も頭打ちの中、全国の各局中継局のうち約800局がデジタル化に向けて手付かずの状況だ。
これに対し、複数のチャンネルを擁した、コンテンツも魅力的な番組をCSで準備している。
だから、視聴率を稼げる番組が有料のCS放送に移行し、デジタル化した地上波でCMだらけの番組が垂れ流されるとなれば、実質的にTVの総有料化ということになる。
2007年4月1日に発足した社団法人「デジタル放送推進協会」(Dpa)はエンスロ事業という、地デジや衛星デジタル放送受信機のソフトウエアやデータを常に最新の環境にするサービスを受信機メーカーに課金し、その費用をAV機器に上乗せしている。
エンスロ事業は、一旦インフラを整えればランニングコストは抑えられ、ここに巨大なエンスロ利権が生じる。
また、1995年に2団体を統合した社団法人「電波産業会」(ARIB)は、公益法人として電波利用についての相談業務に当たるとされ、周波数選定の〝相談″に各企業が支払っている総額は年間5億円にも上り、「ARIB規格」を、衛星・地上波のテレビは1台当たり200円、地上波のみのテレビは100円、ワンセグのみ受信可能な携帯端末や車載機器は50円でライセンスを配分している。
混乱を巻き起こしながらも地デジ化に邁進しようとする総務省や各団体・企業の錦の御旗が、「地デジ化による電波資源の有効利用」というが、電波は本当に不足しているのか、我々は何も知らない。
そもそも、地デジではなく、放送を全てBS、CSなどの衛星に移行すれば、200億円程度の費用で済むという。
地デジ化に向けて、これからも嵩んで行く費用は、電波利用料と国費から捻出するしかない。
携帯電話は特定無線局とされ、電波利用料が年間540円と定められており、内420円を我々は携帯電話会社を通じて支払い、年間420億円以上になる。
携帯が電波全体の2%なのに、TV局は8%を占めるが、電波利用料は34億4700万円にしか過ぎない。
こうして我々から搾取している電波利用料が、負担から逃げているTV局と、政治の愚案である地デジ化に利用され、さらに、特定財源として総務省の役人に使われるのだ。

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  1. 2009/02/23(月) 07:52:22|
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上方演芸大全

上方演芸大全





大阪府立上方演芸資料館編 「上方演芸大全」 創元社 2008.11.20.

大池 晶「砂川捨丸と神戸新開地」
新開地を根拠地として活躍したのが砂川捨丸(1890~1971)で、漫才の歴史をたどる上で砂川捨丸の存在は大きいものがある。
エンタツ・アチャコ以後、漫才が大きく変わっても、太夫が扇を持ち才蔵が鼓を持つ古い形の万才を演じ、伝統を守りながら大きな人気を保ち続けた。
捨丸の出発は江州音頭の音頭取りで、本名は池上捨吉、明治23年(1890)、大阪府三島郡味生村(摂津市)の生まれ。
江州音頭の音頭取りであった兄の千丸の弟子となり、明治32年(1899)、10歳で千日前の井筒席にて江州音頭で初舞台を踏み、16歳で女性を相方に万才として独立する。
捨丸が神戸と関係ができたのは、明治45年(1912)、神戸の興行師、三野源太郎に呼ばれて新開地の日の出座に出たことによる。
当時、着流しの兵児帯で卑猥な下ネタを連発する万才は神戸では上演が禁止されていた。
捨丸は「高級萬歳」と称して、紋付に袴で舞台に出て、この拾丸の試演で神戸での禁演が解かれた。
大正5年(1916)、神戸劇場を持つ樋口興行部の専属となり、神戸を拠点に一座を組み、名古屋、東京などを巡演した。
昭和2年(1927)、京都新京極の夷谷座、大阪道頓堀の弁天座で万才興行を行い、小屋でしか演じられなかった万才が道頓堀の大劇場に進出し、浪花座を持つ籠寅鋼業部の専属となる。
神戸を拠点として全国巡業で活動した砂川捨丸は、神戸の自宅が戦災に遭って名古屋に疎開し、引退して弟子の砂川菊丸が二代目捨丸を襲名したが、思いがけない早さで演芸が再開されると舞台に復帰したため、二代目拾丸は生涯、表舞台に立つことはなかった。
中村春代(1897~1975)は神戸市生まれ、本名中山しも。
第一回ミス神戸に選ばれた美人で、中村種春に師事し、その後砂川捨丸と約半世紀にわたる息の長いコンビとして活躍した。
数え唄やなぞかけ、都々逸など長い芸能生活で練り上げた多くの芸を見せてお客を魅了した。
なかでも「アンリャリャンの才蔵さん……」と唄う相方の春代に合わせて踊る拾丸にさまざまな駄目出しが出て、それに応じて間違った動きをしてデコを張られる「舞い込み」は秀逸。
また、「漫才の骨董品」と名乗りながらも、新幹線開通時にはそれをネタに取り入れるなどの工夫も忘れなかった。

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  1. 2009/02/22(日) 08:00:54|
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プルーストとイカ

プルーストとイカ―読書は脳をどのように変えるのか?





メアリアン・ウルフ 「プルーストとイカ 読書は脳をどのように変えるのか?」 合同出版 2008.10.15.

人類がアルファベットで読むことを学習するために必要な認知能力の飛躍的発達を遂げるまでにはおよそ2000年の時を要したにもかかわらず、現代の子どもたちはおよそ2000日で同じレベルまで活字を理解するよう強いられている。
読字の学習は、幼児がひざに抱かれて、初めてお話を読んでもらう時から始まっており、生後5年間にそんな機会がどれほどあったかが、後の読字能力を決めている。
階級制度が目に見えない線で私たちの社会を分け、音声言語と書記言語を操る機会が豊富な環境の家庭は、そうした環境を与えていない家庭と、徐々に一線を画していく。
ある研究では、中産階級の平均的な幼児は5歳になるまでに、恵まれない幼児よりも3,200万語も多くの話し言葉を耳にしている。
リテラシーの経験がほとんどない環境で育った子どもたちは、小学校の低学年になった時には、すでに遅れている状況にあり、単語を聞いたことがなければ概念を習得できていないし、物語の形式を知らなければ推論や予測の能力に欠け、文化の伝統と他人の気持ちを経験したことがなければ他の人々が感じていることを十分理解することもできないのである。
“語彙の貧困”は、子どもが耳にする単語に限ったことではなく、子どもたちが3歳で目にする単語の数を調べた別の研究では、貧しい言語環境の子どもたちが使う単語の数は、恵まれた環境にある子どもたちが使う単語の半分にも満たないという。
もうひとつの研究では、家庭にある本の数が問題視されている。
本の種類は関係ない。
ロサンゼルスで行われた調査では、最も恵まれない層の家庭には子どもの本が1冊もなく、低所得層から中間所得層では平均3冊だったのに対し、裕福な層の家庭には200冊ほどの本があったのだ。
本がまったく手に入らないとなると、この幼児期に習得していなければならない単語の知識と世界に関する知識に壊滅的な影響がおよぶ。
リテラシーの教材と並んで後の読字に大きく寄与するものは、“夕食時の団らん”に費やす時間の長さだ。
初期の言語の発達については、ただ話しかけること、読み聞かせること、子どもの言葉に耳を傾けることが大切だが、多くの家庭では子どもが5歳になるまでに、この3つの基本的な要素にさえ十分な時間をかけられず、全米読字委員会の報告とネーションズ・レポート・カードによると、小学4年の子どもたちの30~40%は、十分な読解力を備えた、流暢な読み手にはなっていない。
アメリカの子どもの40%近くが〝学習不振児″であるというのは、人間の潜在能力を恐ろしいほど無駄にしていることにほかならない。

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  1. 2009/02/21(土) 08:00:01|
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外交力を鍛える

外交力を鍛える





須川清司 「外交力を鍛える」 講談社 2008.09.17.

日本が軍事的な活動を活発化させたことによって国際的な発言力が増したという事実はない。
インド洋やイラクにおける対米後方支援活動やカンボジア、東ティモールなどで行われた国連平和維持活動(PKO)に自衛隊を派遣するようになり、「安全保障でタダ乗りしている」とか「応分の国際貢献をしていない」という国際社会からの批判を受けなくなったし、米国から褒めてもらえもしたが、褒められることと影響力があることとは別物だ。
実際、自衛隊派遣によって日本の国際的な影響力が高まったことはいっさいなかった。
国の「魅力」によって相手を動かす力がソフトパワーで、大正デモクラシーの時代から1世紀近い民主主義の歴史を持っている日本は、共産党独裁国家である中国に対してソフトパワーの面では有利なはずだが、日本政府がこの利点を活用しているようには見受けられない。
安倍総理・麻生外相時代に「価値の外交」を提唱して中国に対抗しょうとしたが、効果を挙げるにはいたらなかった。
このように見てきたとき、ハードパワーであろうとソフトパワーであろうと、日本は「パワーの使い方」を知らないのではないか。
東シナ海における石油・天然ガス開発は、日中両国の主権が直接的に衝突しかねない問題をはらみ、日中両国政府は「共同開発」の方向性を確認して交渉を続けてきたが、「総論賛成、各論反対」の壁にぶち当たって難航している。
「アメリカ頼み」で中国に対抗しょうとしてこれを果たせず、漫然と日中首脳が会うことに自己満足しているのが、日本の対中外交の現状である。
隣国である中国が大国化することは、中国に”利用価値”が出てきたことを意味している。
「中国を嫌い、怖れ、米国にすがりつく」習慣を続け、アメリカにハシゴを外されたと地団太を踏むのはやめて、したたかな外交を展開しようではないか。
中国に対して関与政策を積極的に追求しょうとする場合、日中間に深刻な対立があれば何かと障害になる。
総理大臣の靖国参拝は、A級戦犯の分詞ができないのであれば、取りやめるべきである。
小泉の靖国参拝は、欧米諸国も含めた国際社会の圧倒的多数派が「戦争に対する反省の欠如」と捉え、日本のソフトパワーを損なった。
2008年6月、日中両国政府は日中中間線付近の2ヵ所でガス田を共同開発する方向で合意に達したが、この2ヵ所を除く広大な係争区域がまだ手つかずの状態で残っている。
東シナ海を真の意味で「平和の海」とするためには、乗り越えるべきハードルはまだ多い。
同盟を1つの手段と割り切って、ひたすら国益の極大化を考える芸当が日本に可能だろうか。少なくとも、明治期の日本外交はそれを実践していた。
日清戦争から日露戦争へと向かう時期、日本外交の最大の懸案は、朝鮮半島の権益をロシアからいかに守るかであった。
その手段をめぐり、日露協商か、日英同盟か、という大論争が展開され、日英同盟が1902年1月に成立した。
国益を達成するためなら、日英同盟であれ日露協約であれ、往時の先人たちはフルに活用した。
日本外交のあり方には、大きく分けて2つの道がある。
米国の戦略をそのまま受け入れ、かの国の歯車となることで生き残ろうとする道だ。
もう一つは、米国の戦略を批判的に理解しっつ、日本自身の国益を自力で考え、行動する道だ。

cf.なぜ、日本は50年間も旅客機をつくれなかったのか

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  1. 2009/02/20(金) 08:00:36|
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