続・竹林の愚人 2009年07月

市杵嶋姫社

市杵嶋姫社
市杵嶋姫社(いちきしまひめじんじゃ) 伊丹市池尻2-221  春日神社の末社

駒犬01駒犬02
駒犬 元治元年(1864)

拝殿
拝殿 祭神:市杵嶋姫命(いちきしまひめ)

摂社
弁財天社

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  1. 2009/07/31(金) 08:15:08|
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春日神社(池尻)

池尻春日神社
春日神社(かすがじんじゃ) 伊丹市池尻6-176
天平3年(731)行基が聖武天皇の勅願によって猪名野笹原を開墾した折、奈良春日大社の分霊を祀り、下池鎮護の宮として弁財天を祀って、神祗仏法両方式で氏神社とした。昭和25年、3つあった春日社を合祀。

狛犬01狛犬02
狛犬 文政13年(1830)11月吉日 なかなか可愛いお顔です。

拝殿
拝殿 昭和53年新築。

本殿
本殿 祭神:武甕槌命(たけみかずち)・斎主命(いわいぬし)・天児屋根命(あめのこやね)・比賣神(ひめ)

梵天
大梵天王社

地主
大地主社

注連柱
注連柱  大正12年(1923)2月建之

祓戸社
祓戸社

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  1. 2009/07/31(金) 08:10:21|
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健速神社

健速神社
健速神社(たけばやしじんじゃ)  伊丹市野間5-3-17
慶雲年間(704~8)、東西二社が東・西野間村の氏神としてあったが、和銅年間に両村合併して野間村となり、神亀元年(724)9月、両者を合併して現在地に遷座した。
はじめ「牛頭天王社」と称したが、慶應4年(1868)「素盞鳴神社」に改め、明治27年「健速神社」と改称した。

注連
注連柱  昭和49年(1974)9月吉日

狛犬01狛犬02
狛犬  文化2年(1805)卯月吉日

拝殿
拝殿

本殿1
本殿 祭神:須佐男命(すさのお)

右殿
琴平神社:火結大神・菅原大神・金山彦命

左殿
稲荷神社:正一位稲荷大神     厳島神社:事代主大神・市杵嶋姫命

配所
神武天皇遥拝所 紀元二千六百年記念建之

老木
この楠は樹齢役250年にして永年御神木としてその偉容を誇りしも、平成6年9月6日深夜の集中豪雨時の落雷により損傷し、平成8年7月に至り惜しくも枯渇する。この為上部を伐採し根幹をここに保存するものなり。         平成8年7月6日 氏子総代会

稲荷
楠原稲荷大明神社  境外社

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  1. 2009/07/31(金) 08:05:05|
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高皇産霊神社

山田神社
高皇産霊神社(たかみむすびじんじゃ)山田神社 伊丹市山田4-4-3    
祭神高皇産霊尊は天地創造の祖神で、智恵と思慮分別が深く、何事も成熟させ給う尊い神で、いにしえから山田の地の氏神として尊崇してきました。  
鳥居 平成7年の阪神淡路大震災で倒壊し、平成12年5月再建。

二の鳥居
二の鳥居  木造 平成7年12月30日

狛犬01狛犬02
狛犬 天明8年(1788)

拝殿
拝殿

本殿
本殿 祭神:高皇産霊尊(たかみむすびのみこと)

弁財天
弁天神社 祭神:市杵島姫命

タブノキ
タブノキ クスノキ科 伊丹市内で唯一生育している照葉樹林帯の常緑大高木。

摂社
三殿合祀社 祗園社・梵天社・愛宕神社

稲荷
稲荷大神社  祭神:豊受姫大神

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  1. 2009/07/31(金) 08:00:54|
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閼伽井

閼伽井02
閼伽井(あかい) 伊丹市寺本1
昆陽寺では国家安全、五穀豊穣を祈るために、勅に依って毎年72度の神事、仏事を修して居りました。もともと閼伽井の水は客への接待の時に捧げられる浄水で仏や墓前にも供えられる清水でありました。西国街道に面して居るために病人の救護の水として、また旅人の水として与え羅れ、休息の場として喜ばれ、万民皆帰依し大伽藍となった源でもありました。又、この広場は水田に干害の助けをもとめるため雨ごいの神霊の儀式が行われたところでもありました。

歌碑(寺本)01
加納諸平 鷲見康夫筆 「柿園詠草」より   寺本児童遊園地
こをだにと折とる袖に且落ちて 露よりもろき玉つばきかな

歌碑(寺本)02
伴林光平 自筆短冊 「自筆短冊」より
分来てし其世は夢と成りぬるを 何たとらるる猪名のささ原

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  1. 2009/07/30(木) 08:15:38|
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昆陽寺 塔頭寺院

遍照院01
遍照院(へんしょういん) 伊丹市寺本2-167
平成8年改築。

遍照院02
本堂 本尊:薬師如来像
脇侍:日光菩薩像・月光菩薩像、脇仏:地蔵菩薩像、弘法大師像、十二神将像

一条院01
一条院(いちじょういん) 伊丹市寺本2-159
平成7年の地震で倒壊し再建。

一条院02
RCの2階に木造の本堂 本尊:聖観音像

正覚院01
正覚院(しょうかくいん) 伊丹市寺本1-103

正覚院02
昭和54年(1979RC造で改築。 本尊:十一面観世音菩薩

正覚院03
萩園之奥墓
夏目甕麿(なつめみかまろ)通称嘉右衛門。号は萩園。遠江国(静岡県)の白須賀宿の酒造家に生まれる。内山真竜や本居宣長に師事し、宣長の没後は春庭に従う。皇陵巡拝のため、近畿に出向いたときに伊丹を訪れ正覚院に身を寄せた。文政5年(1822)5月5日享年50歳で没す。
生来の大酒豪で、池に写る月を取ってみせると云って池の㊥に入り、急所を打って他界したと伝えられる。

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  1. 2009/07/30(木) 08:11:03|
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猪名野神社(寺本)

猪名野神社
猪名野神社(いなのじんじゃ) 伊丹市寺本2-81
神々の系図により第一は天の御中主神で第二が神社の高皇産霊尊で、非常に古い御主神であられます。
旧殿は明和6年(1769)に創建。 鳥居 平成18年(2006)5月吉日

狛犬01狛犬02
狛犬 明治10年(1877)9月

拝殿
拝殿 平成3年4月改築。

本殿
本殿 祭神:高皇産霊尊(たかみむすび)

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  1. 2009/07/30(木) 08:05:01|
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自然居士之墓

自然居士01
自然居士之墓 伊丹市高台5
『摂津名所図会』 荒木自然塚(あらきじねんづか・伊丹坂辻村の北にあり。天正七年荒木摂津守村重が伊丹城陥つる時、子息荒木自然年十四、京師において殺害せらる。人憐んでここに墓を立つる。塚上に古松三株あり。側に碑文を建つ。その文面、雲居寺の自然居士と謬れるなるべし。自然居士の塚は京師西九条福田寺にあり。旧蹟は泉州自然田村にあり。自然居士の弁は当州兵庫にあり)

自然居士自然居士02
表「自然居士之墓」          裏「嗚呼居士自性本然留迹此地無変無遷」
かつて東方の広々としたところの中に移したところ、夢枕に立って、元のところに帰りたいというので、この場所にもどしたという。

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  1. 2009/07/30(木) 08:00:36|
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琉球王国の謎

世界遺産の島琉球王国の謎―甦る南海の理想郷・沖縄 (青春文庫)琉球王国の謎   (青春文庫)
(2001/02)
武光 誠

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沖縄では漁労や採集による生活がおこなわれていたが、金属器と稲作がひろまる12世紀末になって、「グスク」と呼ばれる首長の城が出現した。沖縄史の研究者は、グスク時代以前を一括して「貝塚時代」とするよび方を用いている。しかし、グスク時代はじめまでの歴史をつたえる文献はなく、貝塚時代とグスク時代は謎に包まれている。
貝塚時代後期からグスク時代(紀元前2世紀はじめから17世紀はじめ)にかけての沖縄の人びとは、船を用いて各地と交易をおこなっていた。はじめは、江南、フィリピンまでがかれらの活動範囲であったが、のちには広東、ベトナム、マレー半島、さらには赤道を越えたジャワまで、沖縄の人びとが出向くようになった。
沖縄は長いあいだにわたってグスクをおさめる按司(あじ)たちの連合政権で、沖縄王の第一尚氏、第二尚氏も有力な按司たちのまとめ役にすぎなかった。
察度王の入貢によって、明との国交がひらかれ、福建省から沖縄に移住してきた人びとが那覇に久米村(くにんだ)という集落をつくって定住した。「久米三十六姓」とも「[門虫]人」(びんじん)ともよばれ、彼らの渡来をきっかけに、沖縄の人びとのあいだに中国風の姓をもつ風習がひろまっていく。
沖縄史のもっともはなやかな部分は、第一尚氏がたった1406年(応永13年)から、島津氏の侵入にいたる1609年(慶長14年)までの約200年間程度である。
そして、島津氏の侵入で沖縄固有の文化がしだいに失われ、本土と沖縄の均質化がすすんでいく。つまり、島津氏の侵入を境に沖縄の歴史は沖縄らしくなくなるのである。
島津氏は、100年近くにわたって第二尚氏を周辺の戦国大名と同列において、立場を尊重していたのだが、島津氏が南九州の有力大名に成長するにつれて、しだいに尚氏をみくだしはじめた。
沖縄は室町幕府と同列の明の朝貢国としての扱いをうけて、尚寧は明との貿易の利益を一手に握っていたので、戦国大名たちにとって魅力ある収入源であった。
「沖縄をとれば莫大な貿易の利益がころがりこむ」と島津家の重臣たちは考え、1609年(慶長14年)3月4日、沖縄遠征を敢行した。
祭政一致の政治が支配する平和で戦いを知らない首里の町の人びとは逃げまどい、あっさり開城。尚寧は4月5日にみずから城を出て和議を申し入れ、薩摩の人質となり、1611年(慶長16年)9月になってようやく首里に返された。
王府は農民からの徴税で財政をまかなうとする発想をもたなかった。かれらは自分たちの経費は貿易によって得るべきだとする考えをもっていた。首里城正殿にかけられた巨鐘には「珍しい宝は、世界の国々にみちているから、船をもって万国の架け橋にすれば、何でも手に入れることができる」とある。
しかし、島津家に征服されたのちの沖縄王府は農村から薩摩藩への租税を徴収しなければならなくなり、沖縄の民衆は薩摩藩の重税に苦しめられることになる。

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  1. 2009/07/29(水) 08:10:02|
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師直冢

師直塚
師直冢(もろなおつか) 伊丹市池尻1
『摂津名所図会』 高師直塚(こうのもろなおつか・山田村にあり。高師直はじめ其一党、ここにて上杉・畠山の軍卒に討たれぬ。後人憐んでここに葬る)

足利家の武将高師直は、官能年(1351)上杉能憲の待伏に遭い、この地において子息五郎、弟師泰(もとやす)と共に討たれ、高一族は滅ぶことになった。高師直は、南北朝時代の武将で足利尊氏が上洛の折、すでにその側近にあり、足利家の執事として、北畠顕家(きたばたけあきいえ)を倒し、河内の南朝軍を弟師秦とともに制圧し、楠木正行(くすのきまさつら)を敗死ささるなどの功績があった。
師直らの没後、この辺りに墓らしき塚が残っていた。いつしか耕作の妨げになるとしてくずされたが、師直らの魂をしずめるため、大正4年、山田村の有志により現在の師直冢が建碑された。その後、国道の拡張工事などによりこの場所に移された。         平成5年3月1日 伊丹市教育委員会


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  1. 2009/07/29(水) 08:05:12|
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近畿の社寺仏閣と旧跡を巡っています。

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