続・竹林の愚人 2011年03月

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市比売神社


市比売神社(いちひめじんじゃ)  京都市下京区河原町通五条下ル一筋目西入ル本塩竃町593
桓武天皇が平安京遷都に伴い、左京両京の市座を守護する神社として延暦14年(795)に創建したと伝える。
もとは東市座内の七条坊門にあり、延暦14年(795)5月に宗像大神を東市屋に勧請し市姫大明神と号した。
中世には金光寺が管理し、天正19年(1591)に金光寺ともどもこの地に移った。


本殿  祭神:市寸嶋比賣之命・多紀理比賣之命・多紀都比賣之命・神大市比賣之命・下照比賣之命
子供の成育と、女性の厄除けの神を祀る女人厄除祈祷所として、女性の信仰を集めている。


植松稲荷社


天之真名井(あめのまない)
清和天皇から後鳥羽天皇に至る27代の間は、皇室、公家の崇敬厚く、皇子や子女の誕生ごとに「天之真名井」のご神水を産湯に加えられたと伝える。また、「お食べ初め」のもとである「五十日顆之餅」神事や「市之餅」と名付けた産餅も授与された。
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  1. 2011/03/31(木) 07:25:17|
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金光寺


金光寺(こんこうじ) 京都市下京区六条通河原町西入ル本塩竃町586
時宗 六条道場市中山 最勝王院  空也上人の開基 本尊:引接阿弥陀如来
もと七条大路北、堀川西にあり、東市の地にあったため市場道場と称した。
「山州名跡志」に「空也上人承平年中に市姫の神勅を得て開基、本尊薬師仏」とある。
天台宗であったが、弘安7年(1284)一遍上人が空也上人の遺跡である金光寺を訪れ、踴躍念仏の躍屋を掛け、時宗となる。中世には市姫神社を鎮守とした。
天正19年(1591)本願寺の京都進出に伴い、豊臣秀吉の命を受け、現在地に移転し、朱印寺領28石を受けた。
天明・元治の大火で類焼す。寺宝の「遊行上人絵巻」は重要文化財に指定されている。

『都名所図会』
市中山金光寺 は時宗にして、本尊阿弥陀仏は定朝の作。開基は空也上人なり。初めは堀川七条の北にあり。今の本願寺境内なり。むかしこの地賈人の市場たるにより、市屋道場ともいふ。
市比売社 当寺にあり。この辺の産抄とす。祭は五月十三日。天真井(あまのまなゐ)本堂の西にあり。洛陽の名水なり。

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  1. 2011/03/31(木) 07:20:02|
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延寿寺


延寿寺(えんじゅじ) 京都市下京区河原町通六条下る本塩竈町588
西山浄土宗 無量山 金仏寺とも称す。
後白河院の御所とされた六条殿の中に建てられた長講堂を前身とする。
僧寛空が中興し、天台宗より浄土宗西山派に転宗。天正19年(1591)豊臣秀吉の命により現在地に移転。
江戸時代には朱印寺領18石を受けたが、天明・元治の大火に焼失。現在の建物は明治15年(1882)のもの。


本堂 本尊:阿弥陀如来・釈迦如来・大日如来

『都名所図会』に「本尊は大日・釈迦・弥陀三尊の銅仏、運慶の作なり」とあるも、
元治元年(1864)の禁門の変の大火で金仏が溶解し、慶応2年以降に木像として再建された。

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  1. 2011/03/31(木) 07:15:52|
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萬年寺


萬年寺(まんねんじ)  京都市下京区富小路六条下ル本塩竃町526
西山浄土宗 留径山  功治元年(1555)僧頂空の創建。


本堂 本尊:阿弥陀如来


天満宮(紅梅天神)
『都名所図会』
万年寺の天満宮 は長講堂の南にあり。初めは間之町万年寺通の南にありしとなり。旧地に紅梅の古木存せり。

 

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  1. 2011/03/31(木) 07:10:49|
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長講堂


長講堂(ちょうこうどう)  京都市下京区富小路六条上る本塩竈町528
平安時代末期、寿永2年(1183)に、後白河法皇が晩年を過ごした院御所「六条殿」内に建立した持仏堂が起こり。
正式には「法華長講弥陀三昧堂」といい、後白河法皇は莫大な寺領を寄進し、没する直前には長講堂と所領を寵愛していた丹後局の子・宣陽門院覲子内親王に譲った。
その後、第89代後深草天皇に譲与され、以後、持明院統によって相続された。
もとは六条西洞院にあったが、度重なる火災のため転々と寺地を変え、天正6年(1578)に豊臣秀吉によって現在地に移された。


本堂 本尊:阿弥陀三尊像(重要文化財) 後白河法皇の臨終仏。


御影堂 後白河法皇坐像(重要文化財)を安置。



『都名所図会』
後白河法皇の宸影 は来迎寺の南、長講堂にあり。当寺は法皇の御建立にして、時々御幸ありて、貴賎を論ぜず叡聞に達する亡魂を名帖に記し給ひ、常に御回向ありて御講を修し給ふ所なり。故に長講と称しける。
『平家物語』に日く、されば後白河法皇の長講堂の過去帳にも、祇王・祇女・仏・刀自等が尊霊と四人一所に入れられたり。

 

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  1. 2011/03/31(木) 07:05:51|
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蓮光寺


蓮光寺(れんこうじ) 京都市下京区富小路通六条上る本塩竈町534
浄土宗 知恩院末寺 負別山  明応元年(1492)天台宗の真盛上人が開基。
天正19年(1591)豊臣秀吉の命により現在地に移り、真盛上人の弟子、玉譽光順上人が浄土宗に改める。


本堂 本尊:負別阿弥陀仏


地蔵堂 駒止地蔵尊

 
長曽我部盛親公の墓                                2世蓮光上人墓
元和元年(1615)大阪夏の陣に敗れ、六条河原で斬首され、親交のあった蓮光上人が所司代板倉勝重に請い、首級を当山の墓地に供養した。
 

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  1. 2011/03/31(木) 07:00:34|
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上徳寺


上徳寺(じょうとくじ) 京都市下京区富小路通五条下ル本塩竈町577
浄土宗 塩竃山 霊光院
寺伝によれば、慶長8年(1603)に、徳川家康によって、上徳院殿(阿茶の局)が開基となり、伝誉蘇生上人を開山に招じて建立したという。
以後、度重なる災火により、堂宇は焼失。現在の諸堂は明治時代に再建されたもの。


本堂 本尊:阿弥陀如来
宝暦3年(1763)建立の栄冠堂の祖師堂を移したもの。 本尊は江州矢橋(滋賀県)の鞭崎八幡宮から移したといわれる。


地蔵堂 世継地蔵を安置。 
明治4年(1871)に再建。

 
はがため地蔵堂・水子地蔵尊・延命地蔵尊                           身代り地蔵堂


阿茶の局墓 徳川家康の側室。


堀内雲鼓句碑  日のめぐみ うれしからずや 夏木立

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  1. 2011/03/30(水) 07:20:49|
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白毫寺


白毫寺(びやくごうじ) 京都市下京区富小路通 五条下る本塩竈町539
寺伝によれば、初め東山知恩院総門北側、粟田口にあったといい、知恩院開境のときに当地に移ったという。
塩竈太子堂の名で知られたが、天明・安政・元治の大火で類焼した。


本堂 本尊:聖徳太子立像(南無仏)

『都名所図会』 太子堂白毫寺 は上徳寺の南にあり。速成就院と号す。
宗旨は律宗にして、本尊聖徳太子は御自作の南無仏の像、長一尺余なり。脇壇の四天王は唐作なりとぞ。開基は忍性律師にて、もとは知恩院中門の北、浩玄院の後にあり。今その地に古井あり。太子水と号す。
慶長年中、知恩院再建の時こゝにうつす。

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  1. 2011/03/30(水) 07:20:33|
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極楽寺


極楽寺(ごくらくじ)京都市下京区富小路五条下ル本塩竃町540
浄土宗 天照山
寺伝によれば、天文12年(1543)に一蓮社笈誉が四条坊門東洞院の地に創建。天正18年(1590)豊臣秀吉の命により現在地に移転。


本堂 本尊:阿弥陀如来


宝篋印塔

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  1. 2011/03/30(水) 07:15:57|
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本覚寺


本覚寺(ほんかくじ)京都市下京区冨小路通五条下ル本塩竈町558
浄土宗 仏性山


佛性山と号する浄土宗の寺で、團誉上人(玉翁和尚)を改組とする。
寺伝によれば、源実朝の後室・坊門信子が貞応元年(1222)に、西八条の遍照心院(大通院)内に創建し、自らの法名「本覚」から名付けたのが起こりという。
その後、梅小路堀川に移転し、応仁の乱による荒廃の後、文亀3年(1503)に僧玉翁が中興。細川政元・山村祐二等が帰依し、高辻烏丸に再建され、末寺14を有する本山となった。
その後、後柏原天皇の勅願寺となったが、天正19年(1591)に豊臣秀吉の命によって現在地に移された。


本堂  本尊:阿弥陀如来


鐘楼


『都名所図会』 本覚寺 は下寺町五条の角にあり。浄土宗にして知恩院に属す。
本尊阿弥陀仏は安阿弥の作、一名は如法仏と号す。開基は玉翁上人なり。

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  1. 2011/03/30(水) 07:00:57|
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