続・竹林の愚人 2012年10月

ライフログ入門


ライフログ入門ライフログ入門
(2010/12/24)
美崎 薫

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アメリカ国防総省は、2003年5月に『LifeLogプログラムの構想』を発表した。
個人が送受信したeメール、撮影した写真、閲覧したWebページ、通話、視聴したテレビ番組、食べた料理など、すべての行動をデータベース化し、国家が管理しようとするプロジェクトで、さらに戦場の兵士の生体情報を集め、効率的に戦闘を行わせることを目的とした。
このプロジェクトは、発表されたとたんにプライバシー侵害を懸念するアメリカ世論のはげしい反発にあって頓挫した。
現在のライフログは、アメリカの国防総省の『ライフログ』と扱っている項目はおなじだが、それを管理しているのが個人であることである。

ライフログ的なサービスに、Twitter、Gmail、EVERNOTEなどがある。
Twitterは、自分に密着した端末から、位置、時刻などを含めた意識情報を表現し記録していける。
Gmaiサービスは保存容量が多く、文字情報だけであれば全メールを格納することができる。
EVERNOTEは永久に使える外部の記録媒体をモチーフとしたサービスである。
ライフログという、人生全体をターゲットにした全データ全履歴の記録と活用が可能になりつつある。

ライブログではなにをログすればよいかわからない。
だから、好きなこと、関心のあることを重点にログしていけばいいのである。
もっている洋服や小物がどこにあるか思い出すのがめんどうなので、iPhoneで撮影して一覧できるようにEVERNOTEに入れてみたら「スッキリした」という。
好きなことをデジタルカメラ、Twitter、Ustream、SNS、blogなどにログすればいい。
食事ログで、「おいしかった料理をもう一度食べたい」と、Cookpadのレシピも自動記録することにした。
レシピを見ると、それをログとして記録し、写真と一致させているわけである。
重要なことは、最終的にそれをどう使うか、というところまで視野に入れてライフログするかをデザインすることなのだ。
食事のライフログサービスには、eatsmartFoodLogなどがある。

ライフログは、人生のさまざまなことがらを記録し閲覧可能にするため、だれがそれを見るかという点で、プライバシーの問題を抜きにして考えることはできない。
これが安易な商業化をむずかしくしている。
大容量のデータを蓄積するため、データ保管やバックアップにも気を配る必要がある。
それでも、部分的なサービスは始まっていて、今後も増えていくだろう。

テーマ:読んだ本。 - ジャンル:本・雑誌

  1. 2012/10/31(水) 07:00:58|
  2. BOOK
  3. | コメント:1

石仏・磨崖仏

上音羽磨崖仏茨木市上音羽
地福寺十三仏・六地蔵板碑茨木市桑原33-15
釈迦堂前の逆修衆石仏箕面市上止々呂美
余野十三仏豊能町余野
切畑西野多尊石仏豊能町切畑
切畑中の西多尊石仏豊能町切畑
切畑下所多尊磨崖仏豊能町切畑
川尻北の谷多尊石仏豊能町川尻
西念寺十三仏 大阪市此花区伝法5-7
小童寺十三仏板碑川西市西畦野1-7-1

テーマ:大阪 - ジャンル:地域情報

  1. 2012/10/30(火) 18:44:29|
  2. Table of Contents
  3. | コメント:0

川尻北の谷多尊石仏

川尻北の谷多尊石仏
川尻北の谷多尊石仏(かわしりきたのたにたそんせきぶつ)
高さ1mほどの板状の自然石に、22体の像と3基の五輪塔が刻まれている。
最上段の中央に定印の阿弥陀如来、向かって右に観音菩薩、左に地蔵菩薩がある。
観音菩薩の横に2体と下段の3段に17体、合計19体の円頂合掌の像がならんでいる。
この19体は地蔵尊を表したとも、供養者をあらわしたとも考えられる。
向かって左の五輪塔の右上に「天正八庚辰八月日」の紀年名が見られ、桃山時代天正八年(1580)の造立である。
なお、近くにある双体地蔵は、小さな舟形の石に2体の阿弥陀如来が彫られている。
頂上にある「ほぞ」からみて、もと笠石が乗っていた卒塔婆であったと考えられる。室町時代後期のものと思われる。
  平成5年11月          豊能町教育委員会

川尻北の谷双体地蔵
双体地蔵(そうたいじぞう)

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  1. 2012/10/30(火) 07:20:17|
  2. Historic sites
  3. | コメント:0

切畑下所多尊磨崖仏

切畑下所多尊磨崖仏
切畑下所多尊磨崖仏(きりはたしもんじょたそんまがいぶつ)
旧長安寺跡の磨崖仏とも言われ、石英閃緑岩の自然石に円頂合掌の坐像22体と1体の阿弥陀立像および1基の五輪塔が半肉彫りされている。
最上段中央の舟形の中に、二重蓮座に立つ阿弥陀像は放射光を放ち、左右に2体ずつの坐像、阿弥陀像の下の枠内に「為逆修檀」「天正二甲戌年 十一月吉日」の銘文、その向かって右側に4体の坐像、向かって左側に五輪塔、その地輪部にも「天正二年 為逆修 五月十五日」とよめる銘文がある。
最下段に14体の坐像がある。いずれも長方形の彫り込みの中に半肉彫りされ、供養塔と思われる。
  平成5年11月          豊能町教育委員会

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  1. 2012/10/30(火) 07:15:52|
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切畑中の西多尊石仏

切畑中の西多尊石仏
切畑中の西多尊石仏(きりはたなかのにしたそんせきぶつ)
もと溝川の橋になっていたもので、石英閃緑岩でつくられた板碑で3つに割れている。近くの人たち三軒で、ここに安置し供養しているという。
上部に阿弥陀三尊、向かって右にある観音菩薩は大きく欠損し、中尊の阿弥陀如来も首のところで大きく懸けている。
阿弥陀如来の頭部には放射光がある。三尊の下に5列4段、20体の円頂・合唱の立像は蓮華座上にある。この板碑の造立を志した供養者たちと思われる。
阿弥陀如来と勢至菩薩の間に刻銘がある。また、姿勢菩薩の左に「道見:とある。
刻銘は、「天正乙亥三年九月吉日」(1575)と読める。
  平成5年11月          豊能町教育委員会

切畑中の西多尊石仏

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  1. 2012/10/30(火) 07:10:28|
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切畑西野多尊石仏

切畑西野多尊石仏
切畑西野多尊石仏(きりはたにしのたそんせきぶつ)
石英閃緑岩に、頭部山形の上部に阿弥陀三尊、その下部に15体の坐像が彫られている。阿弥陀如来は来迎印のようで、頭のまわりには放射光が彫られている。
下部4段の坐像は同型同大の円頂合唱象で、たぶん供養者と考えられている。
阿弥陀三尊の右肩に「為逆修」、左肩に「天正三乙亥年八月三日」と刻まれている。
このように多くの象を一石に彫った石仏や磨崖仏は本町に7基、箕面市や茨木市に数基あり、いずれも同じような彫法で、年代は天正年間(1572~92)に集中している。
余野を中心としたこの地方独特のもので、いずれも阿弥陀如来を主尊とし、来世の極楽往生を祈願して建立したものであろう。
  平成5年11月          豊能町教育委員会

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  1. 2012/10/30(火) 07:05:18|
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余野十三仏

余野十三仏
余野十三仏(よのじゅうさんぶつ)
室町末期にあたる永禄7年(1564)の造立で土地の人からは「余野十三仏}と呼ばれている。表裏2面に各20体の仏像が刻まれ、表面上半部の三尊は、主尊が錫杖を持ち、両脇待は合掌の地蔵菩薩立像である。下半部には上段9体、下段8体、計17体の地蔵立像が並んでいる。裏面にも同じく三尊像が刻まれ、同脇侍は地蔵の合掌立像であるが、主尊は宝冠をつけ何仏か定かでない。下半部には上段8体、下段9体、計17体の地蔵菩薩らしき立像が刻まれている。刻銘は「本願道清 永禄十年二月時将日」とあり、道清が本願となって同行多数の後生安樂を願って建立したものであろう。
  平成5年11月          豊能町教育委員会

余野十三仏

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  1. 2012/10/30(火) 07:00:52|
  2. Historic sites
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豊能の社寺

toyono.jpg


寺田大歳神社(てらだおおとしじんじゃ) 豊能町寺田上東谷15
青峰寺(せいほうじ) 豊能町寺田1
藤森神社跡(ふじのもりじんじゃあと) 豊能町大円藤の森
走湯神社跡(はしりゆじんじゃあと) 豊能町切畑
法性寺(ほうしょうじ) 豊能町切畑506
遊仙寺(ゆうせんじ) 豊能町余野237-5
走落神社(はしりおちじんじゃ)豊能町木代1556
朝川寺(ちようせんじ) 豊能町木代1530-1
法輪寺(ほうりんじ) 豊能町川尻592

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  1. 2012/10/27(土) 17:57:11|
  2. Table of Contents
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法輪寺

法輪寺
法輪寺(ほうりんじ) 豊能町川尻592
高野山真言宗 光明山 遍照院
寺伝によれば、天平宝字4年(760)開成皇子の草創とす。
淳和天皇天長5年(828)弘法大師が大黒天神を刻み「出世大黒天」と命名。
斉衡3年(856)箕面・弥勒寺第4世座主証如上人が再興。
宝暦年間(1751~1763)火災に遭い、享和元年(1801)湛龍上人が再建。

法輪寺
薬医門

法輪寺
本堂 本尊:阿弥陀仏
現在の本堂は文化4年(1807)明覚上人の建立という。

法輪寺
観音堂
明治5年(1872)7月、明治政府は無檀・無住の寺院の廃止を命じ、川尻にあった3つの堂が廃堂となった。
その仏像仏具は法輪寺に合併し、うち観音堂のみ境内に移設された。

法輪寺
鐘楼

法輪寺
川尻法輪寺宝筐印塔(かわしりほうりんじほうきょういんとう)
南北朝時代後期の造立とみられ、境内には全く同形同大のものが2基ある。
基礎の3面に格狭間があり、上端には反花座がある。塔身の四方にはそれぞれ七弁の蓮華座が浮彫りされ、その上に月輪が線刻され、内には金剛界四仏の梵字が薬研彫りされている。笠は軒下に2段、上に6段の段形があり、四隅の隅飾りは三弧になって輪郭がある。この塔の特色は、塔身の蓮華座が「浮き彫り」になっていること、隅飾りが「三弧」になって装飾性に富んでいることである。
  平成5年11月          豊能町教育委員会

法輪寺

法輪寺
法輪姫の塔(かわしりほうりんひめのとう)
3基の宝筐印塔は年代も異なり寄せ集め
中央の塔は相輪上部を欠いているが、当地の代表的なものである。基礎側面3面にある格狭間は側線が三弧の非常に珍しい形である。笠の隅飾りも三弧の丁寧なつくりである。
基礎面の銘文は次のとおりである。
 「敬白 法輪寺 文和二二年乙未三月十一日」(1355)
左塔の基礎背面には、「願主、沙弥西阿、大□尼女」とある。この塔の笠の隅飾りも三弧になっており、その輪郭内に渦巻文があるのも珍しい例である。造立は南北朝時代である。どの塔が、「法輪姫の塔」か、また姫が如何なる人であるかは不明である。
「□」は岡の異体字である。
   平成5年11月   豊能町教育委員会

テーマ:大阪 - ジャンル:地域情報

  1. 2012/10/27(土) 07:10:39|
  2. Shrines
  3. | コメント:0

青峰寺

青峰寺
青峰寺(せいほうじ) 豊能町寺田1
曹洞宗

青峰寺
薬医門

青峰寺
本堂 本尊:正観音菩薩

青峰寺
鐘楼

テーマ:大阪 - ジャンル:地域情報

  1. 2012/10/27(土) 07:05:50|
  2. Shrines
  3. | コメント:0
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