続・竹林の愚人 2013年10月

称名寺

称名寺

称名寺(しょうみょうじ) 加古川市加古川町本町313
加古川城址
城主は、糟谷助右衛門(内膳とも云)で、別所長治の幕下であった。
天正5年に羽柴藤吉郎秀吉が当城へきた時、はじめて糟谷の館に入って休息し、当地方の城主のことを詳しく尋ねた。
その後書写山に移ったが、糟谷助右衛門は、それ以来、秀吉につき従って小姓頭となった。
後年各所に転戦し、賤ヶ獄一番槍に武名を挙げたという。
(播磨鑑)
加古川城五十間(約90m)四方
雁南庄加古川村
村より一丁(約110m)西の方とあり、この附近一帯が加古川城である。
   昭和62年3月  加古川市教育委員会

称名寺


称名寺

佛頂山 稱名山 理観大徳遺跡
台座に家型石棺の蓋が使用されている。 長さ131cm・幅73cm・厚さ27cm

称名寺


称名寺

不動堂

称名寺

本堂  本尊:阿弥陀如来

称名寺

毘沙門堂

称名寺

大師堂
称名寺

観音堂
称名寺

火伏八幡宮

称名寺

七騎供養塔
この碑は、撰文も書も頼山陽の筆によるもので、文政3年に建立されたものです。
七騎とは、南北朝時代、正平5年、塩治判官高貞が、事実に相違する告げ口によって京都を追われ、本国の出雲へ落ちて行く時、足利尊氏の軍勢に追われ、米田町の附近で追いつかれてしまいました。
その時、弟の六郎他郎党七人が主を討たせまいとしてこの場所にふみ止まり、足利の軍勢と激しく戦いましたが、遂に全員討死してしまいました。
この七騎の塚が船頭附近にありましたが、洪水等で流されてしまい、今はもう残っていません。
この碑は、山田佐右衛門が領主となり、この七騎追弔のため、加古川の小石に法華経を一石に一字づつ書いて埋め、供養塔として建てようとしましたが、それを果さず亡くなり、寺家町の川西彦九郎、志方町の桜井九郎左衛門が施主となって完成させたものです。
まお、古賀精里の文、頼山陽の父頼春水の書になる七騎塚の碑が、米田町船頭の大師堂の境内に建てられています。      昭和59年3月 加古川市文化財保存協会

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  1. 2013/10/31(木) 07:15:09|
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粟津天満神社

粟津天満神社

粟津天満神社(あわずてんまんじんじゃ) 加古川市加古川町粟津397
元和元年の創建と伝えられる。

粟津天満神社

拝殿

粟津天満神社

本殿  祭神:菅原道真公

加古川戎神社

加古川戎神社
加古川戎神社は祭神として大国主命・事代主命を祀る。
大正年間南本町の有志稼業繁栄町運隆昌の守護神として、戎大神の勧請を希すこと久し。
すなわち大正15年7月15日出雲の国三穂碕神社の祭神をむかえ、且 く當市出雲教会境内に併せ斎きまつる。
その後商都加古川市の発展にともない、福徳円満長足の神徳を崇める地域人士昌に多く、境内の狭隘をかこつこと多年。
遂に多数篤信の熱意鐘り、昭和34年㋀9日粟津天満宮の福域に新本殿を遷す。 
ここに不文を以つて由来を述べる。  昭和34年㋀10日

加古川戎神社

本殿 祭神:大国主命・事代主命

粟津天満神社

天神木之神

粟津天満神社

大歳神社

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  1. 2013/10/31(木) 07:10:45|
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加茂神社

加茂神社

加茂神社(かもじんじゃ)  加古川市加古川町粟津

加茂神社


加茂神社


加茂神社

稲荷社

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  1. 2013/10/31(木) 07:05:51|
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鶴林寺

鶴林寺

鶴林寺(かくりんじ) 加古川市加古川町北在家424

鶴林寺

仁王門
鶴林寺は聖徳太子の草創と伝える播磨の古刹である。
仁王門は、三間一戸の楼門形式で、大伽藍の正門として位置する。
屋根は入母屋造、本瓦葺で大棟に鬼瓦がつく。
全体を遠くから見れば、屋根と縁との張出しが良く、下層は高く、上層は低く、均整がよれて美しい。
縁下の組物には渦を彫った木鼻が出た絵様肘木があり、上下層とも脇の間や両妻(側面)に二ツ斗蟇股がある。
この楼門は室町時代に本堂の細部にならって建てられたものが江戸末期に大修理、改造されたものと思われる。
なお、階上の組物で二重の支輪は珍しい。        平成4年  兵庫県教育委員会

鶴林寺鶴林寺

仁王

鶴林寺

本堂   国宝   応永4年(1397) 本尊:薬師如来・日光菩薩・月光菩薩・持国天・多聞天
お前立ち:日光菩薩・月光菩薩・十二神将
仏教の説法を聞いたり儀式を行うことから大講堂とも呼ばれている。
13世紀頃に中国から唐様と天竺様とよばれる新しい建築様式が伝わり、14世紀頃に従来の和様と折衷した様式ができあがった。
この本堂はその折衷様式の最も優れた建築である。
内部は、中央で内陣と外陣にわけられ、内陣には美しい立派な宮殿があり、その中に、60年に1回ご開帳される10世紀ごろの秘仏が5体まつられている。
外陣では折衷様式の美しく力強い建築美が見られる。
なお、内陣の板戸には日本最古の鶴の絵などが描かれている。  平成8年12月  寄贈 加古川鶴林ライオンズクラブ

鶴林寺

太子堂  国宝  天永3年(1112) 本尊:釈迦如来・文殊菩薩・普賢菩薩・四天王
兵庫県下最古の建築で、聖徳太子ご創建の聖霊院の後身として太子堂とよばれているが、本来は西方にある常行堂と対をなす天台宗最古の法華堂である。
檜皮葺きの美しい屋根に宝珠がのせてあり、内部は正面に礼堂があり奥が3間4面の内陣になっている。
天井は小組格天井とよばれるぜいたくな天井である。
須弥壇後方の板壁には、表に九品来迎図、裏面には涅槃図、天井小壁には飛天図、その他長押し上の小壁、四天柱などからも創建当時の壁面が、昭和51年に赤外線写真によって発見された。
しかし今なおススにおおわれ肉眼では見ることができない。

鶴林寺

常行堂  平安時代(12世紀前半)  本尊:阿弥陀如来
この建物は、国宝太子堂とほぼ同時代であったものを1566年に瓦屋根に葺きかえたものである。
外観は比較的低くて、蔀戸や板扉を用い、簡素で上品な落ち着いた建物である。
内部は前方に参拝者が礼拝するスペースがとりこまれているが、これは太子堂の形式を一歩進めたものと言える。
このお堂では、「常行三昧」という、口で阿弥陀仏を唱え、心に阿弥陀仏を思いながら、休むことなく何十日も歩き巡る厳しい修業が行われた。
その遺構としては日本最古のものである。

鶴林寺

観音堂  江戸時代 宝永2年(1705)  本尊:木造聖観音菩薩立像
このお堂は、江戸時代宝永2乙酉年(1705)姫路城主の榊原政邦公の寄進によって再建されたものである。
元来、観音堂には愛太子観音と呼ばれる白鳳時代の聖観音菩薩をお祀りしていたが、明治時代の神仏分離政策以降は浜の宮神社の本地仏であった現本尊の聖観世音菩薩(秘仏)をお祀りするようになった。
構造は入母屋造り、本瓦葺き、正面一間の向拝付き。
奥二間が内陣、手前一間が外陣。
内陣の須弥壇上に妻入軒唐破風付きの厨子を置き、秘仏の本尊聖観世音菩薩を祀る。
手前は御前立像の聖観世音菩薩、須弥壇右には善光寺如来を祀る。

鶴林寺

護摩堂  重文  永禄6年(1563)  本尊:不動明王
比較的小さいお堂であるが、均整のとれた簡素で美しい建物である。
また内部は大きな梁などの用い方に奇想天外ともいうべき手法が用いられている。
内部中央に護摩壇があり、火を焚いて本尊不動明王と自分とが一体になる祈祷を行うお堂である。

鶴林寺

地蔵堂

鶴林寺

新薬師堂

鶴林寺

三重塔    
三間三重、本瓦葺、初重は文政年間(1818~1830)の大修理の際、ほとんど新材で補修された。
二重、三重の軸部および斗栱部、軒廻りは古様をよく伝えている。
各部の鬼瓦などから室町時代の建築と思われる。
内部は心柱が二層目で止まり、初重の四天柱内に須弥壇を築く。
壇上には本尊大日如来坐像を安置する。
出入り口の扉は板扉で内部に江戸末期の修理の際の寄付者名などが墨書または彫刻されているのが珍しい。
なお、相輪は昭和25年に改鋳されたものである。

鶴林寺 

鐘楼   応永14年(1407)
この鐘楼は、階段を2階にのぼって鐘をつく一般には少ない立派な構造になっている。
外部から見ると建物が「袴」をはいているように見えるので「袴腰造り」と呼ばれている。
鐘楼としては大型であり、バランスの良さと、リズミカルな構造によって非常に美しい優れた建築になっている。
国宝本堂より10年おくれて建てられたもので、本堂と一連の建立であるといわれている。
重要文化財の梵鐘は、約1000年前の高麗時代に造られた「朝鮮鐘」で、形も魅力的であるが、「黄鐘調」の妙なる音色をもった名鐘である。

鶴林寺

行者堂   重文  応永13年(1406)  本尊:神変大菩薩(役行者)
正面が春日造り、背面が入母屋造りという小さいが珍しい建物である。
本堂、鐘楼とともに室町時代初期の鶴林寺全盛期に建てられ同じく折衷様式である。
日本には古くから「神」と「仏」とは同体であるという思想があった。
前方の鳥居が示すように、仏教の聖地「鶴林寺」を守護するため「日吉神社」が建てられたのがこのお堂の前身である。
しかし明治以後、絶大な超能力を身につけた山岳修業のリーダー役行者をまつり「行者堂」となった。
毎年3月23日に、この前庭において大護摩が焚かれ、世界の平和と人々の幸せを祈っている。

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  1. 2013/10/31(木) 07:00:02|
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下居の清水

下居の清水

おりいの清水  加古川市野口町
播州名所巡覧図絵この社の下の街道沿いに「下居の清水」という井戸がありました。
この井戸は有名であったようで、江戸時代の旅行案内書『播州名所巡覧絵図』には、説明とともに当時の風景が載っています。
昔、瀬戸内海を行く船が、ここで、水を汲んだことが記されています。
この井戸は「折井の清水」「織井水」「細田の清水」ともいわれ、その前の坂を「おりい坂」と呼ばれています。
教信寺、和泉式部の塔、観音堂、弁天社などが続くこの付近は、江戸時代の街道のめじるしがとく残っています。
 平成24年3月  加古川市教育委員会

下居の清水


下居の清水

観音堂

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  1. 2013/10/30(水) 07:20:49|
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五輪塔

和泉式部墓
 
宝篋印塔
この塔は、完全な状態で保存されている大きな宝篋印塔です。
基礎の部分の格狭間内には、開花蓮や一茎蓮の模様が彫り出されています。
また、塔身部の月輪には金剛界四仏の種子を配しています。
笠部の隅彫りには、胎蔵界大日如来の種子を配しています。
この塔は、昔から紫式部の墓と伝えられています。
和泉式部は平安時代の女流歌人で、各地に伝承が伝わっています。
 平成20年4月  加古川市教育委員会

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  1. 2013/10/30(水) 07:15:51|
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教信上人廟

教信上人廟

教信沙弥廟(きょうしんしゃみびょう)
教信沙弥は、ここ賀古の駅で晩年の約30年間任俗生活に入り、農家の手伝いや旅人を助けながら、浄土の教えを実践し、人生の喜びを伝えました。
それは権力主義や聖道主義にかたよっていた当時の日本仏教に対する「釈尊の精神に帰れ」という静かではあるが沙弥独特の革迫運動であったと言うべきです。
貞観8年(866)8月15日勝如上人を浄土の教に誘引して往生しましたが、最後の供養として遺骸を鳥獣に施与する様遺言したと伝えられます。
ここはその遺跡です。因みに五輪塔はかなり後世の南北朝のものと思われますが、現在兵庫県指定文化財になっています。
  昭和57年3月再建立  開山千百回遠忌記念

教信上人廟


教信上人廟
石造五輪塔
沙弥教信の墓塔と伝えられ、廟所内に東面して建つ。花崗岩製、総高2.08m。
請花・笠・台石の一部が少々欠けているのは惜しいが、全体的に各部の比例もよく整い、容姿も堂々とした風格をもっている。
水輪の正面には種子記リークを刻み、その手法は薬研彫りで古調を帯びている。
各部の形式、種子の彫法などから推すと、鎌倉末期のものとみてよい。
元享3年 が勧進して、教信廟をつくったと伝えるから、その頃のものであろう。
当地方におけるこの時期の優れた石造遺品として貴重な資料である。
  平成2年11月   兵庫県教育委員会

教信寺教信寺

教信寺の石棺の蓋(二)
この板碑は古墳時代の家形石棺の蓋石です。内側に刻まれた弥陀三尊種子と銘文は現代のものです。
古墳時代後期 6・7世紀頃 凝灰岩(竜山石)製  地上高:139cm 幅:87cm 厚:32cm
    平成24年3月  加古川市教育委員会

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  1. 2013/10/30(水) 07:10:43|
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教信寺

教信寺

教信寺(きょうしんじ) 加古川市野口町野口465
教信寺は、平安時代に活躍した教信上人の庵の跡に建てられた寺院です。
教信上人は天応元年(781)奈良に生まれ、興福寺で学んだ後、16歳の時に同寺を出て諸国を行脚し、40年余りの後、賀古の駅にたどり着き庵を結びました。
加古川での教信の活動は、ひたすらに念仏を唱えながら、街道を行く旅人の手助けをするというもので、東は明石から西は阿弥陀宿(現高砂市阿弥陀町)まで荷物を運んだと言います。
また、教信寺の南の広がる駅ケ池も教信が地元の人々と掘った物だと言われています。
貞観8年(866)、自らの死期を悟った教信は、妻と子に遺骸は庵の側に捨てて鳥獣に施してほしいと言い残して亡くなりました。
同じ時摂津国勝尾寺(現大阪府箕面市)の僧勝如の夢に教信が現れ、自らの死を告げました。
不思議に思った勝如が弟子を加古川へ走らせると、そこには頭部だけがきれいに残った教信の遺骸がありました。
これが、現在教信寺伝わる教信頭部像だと言われています。
その後、清和天皇(850~880)が教信の徳をしのんでこの地に伽藍を建てて観念寺とし、さらに崇徳天皇が大治元年(1126)に念仏山教信寺と改めたとされています。
天下6年(1578)秀吉の幹城攻めにともない野口城が攻略され、教信寺もすべて焼かれてしまいましたが、諸尊は僧らの手によって焼失を免れ、元和年間(1615~1623)に再興されました。
教信は一遍や親鸞にも先達として仰がれ、とくに一遍は諸国を巡るたびの途中、教信寺で1泊して念仏踊りを興行し、これが現在の播州音頭の起源であると言われています。

教信寺

本堂 本尊:阿弥陀如来像  脇壇:観世音菩薩像・地蔵菩薩像・寶頭盧尊者
天正の兵乱後、元和年間(1615~1623)に再興した本堂は、天保11年(1840)に再び焼失しています。
安政2年(1855)の、板書きの10分の1本堂図が残っていますが、完成はしていません。
現在の本堂は、もと書写山如意輪寺(女人堂)にあった寄棟造りの本瓦葺きの念仏堂で、応永5年(1398)の建立と伝えられています。
破損が激しかったため、明治11年(1878)に取り壊しを願い出たものを、明治13年(1880)に教信寺がもらい受け、壇徒が協力して移築しました。
その後、昭和57年(1982)に屋根瓦を葺き替えています。
平成7年(1995)の阪神淡路大震災では、撃滅的な損壊を受けましたが、多くの援助により復興し、その際、本堂後半部の石積みの基礎を取り去り、回り縁としています。
  平成15年5月  加古川市文化財保護協会

教信寺

開山堂  本尊:教信上人頭像  脇壇:二十五菩薩行道面
本尊は教信上人頭部像です。
天正の兵乱後、元和年間(1615~1623)に観音堂が再興しましたが、天保11年(1840)に焼失し、その後再建されましたが時期は不詳です。
老朽化や破損が激しかった所に、平成7年(1995)の震災で修復不能となり、基礎以外の部材は殆ど入れ替わりました。
復興の完了した平成13年(2001)から開山堂に変更しています。

教信寺

薬師堂  本尊:薬師三尊 脇壇:大日如来・天台大師・伝教大師

教信寺

山王権現堂

教信寺

鐘楼

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  1. 2013/10/30(水) 07:05:47|
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野口神社

野口神社

野口神社(のぐちじんじゃ) 加古川市野口町野口327
播磨は古く中央政権への「文化の通り道」としての役割があり、近代国家建設に貢献した渡来系の人たちが往来しました。
仏教伝来の流れの中で寺院が建てられ、古代寺院として奈良時代(8世紀)に野口神社のところに寺院(通称「野口廃寺」(が建立されました。
近くには秀吉により天正6年(1578)に攻め落とされた野口城がありました。
のち江戸時代 慶安4年(1651)に社殿が、寛文6年(1666)に鳥居が建てられ、山王五社宮(五社大明神、五社山上神宮寺)として約25年間、社僧12代により栄えてきました。
江戸末期には、頼山陽(1780~1832)が立ち寄り、
 「近環松柏見威霊之森巌 遥面波濤知膏澤之 弥満」
(近くに松柏をめぐらした威厳に満ちた深い森を見、はるか向こうに瀬戸内の波をながめ、人を豊かにし幸福をもたらす、恵みが一面に広がっていることがわかる)という詞を読みました。
神社の前の道は西国街道で、江戸時代参勤交代が行われ、伊能忠敬などが通りました。
明治になり政府は神道を国教と定め『神仏判然令」(1868)を出して神と仏を厳然と区別しました。
その結果、神社にあった神宮寺はただちに撤去され、社名も五社宮から野口神社と改称されました。
祭神は比叡山の麓の山王総本宮日吉大社より勧請した大山咋命(日吉大神)を主祭神とし、他に4祭神よりなります。

野口神社

随身門

野口神社

外拝殿

野口神社

拝殿

野口神社

本殿  
大山咋命日吉大神
別陀別命八幡大神
須佐之男命八坂大神
速玉男命熊野大神
天伊佐々比古命日岡大神

野口神社

山神社

野口神社

荒神社

野口神社

厳島神社

野口神社

稲荷神社

野口神社

天神社

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  1. 2013/10/30(水) 07:00:12|
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大歳神社

大歳神社

大歳神社(おおとしじんじゃ) 篠山市今田町下立杭

大歳神社

大歳神社

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  1. 2013/10/29(火) 07:23:40|
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