続・竹林の愚人 2016年05月

仕事ができる人はなぜ筋トレをするのか

山本 ケイイチ 『仕事ができる人はなぜ筋トレをするのか』 (幻冬舎新書) (2008/5/30)
メタボが気になり、週一ですが筋トレを始めました。
筋力トレーニングには5つの原則がある。
第1の原則は「意識性」だ。
本人の意識がなければ、効果は表に出ない。
第2の原則は「全面性」だ。
トレーニングにおいては、包括的にバランスのとれた運動を組み合わせる必要がある、これが「全面性」だ。
第3の原則は「漸進性」だ。
「過負荷」の原則ともいう。「漸進」とは、「少しずつ進む」という意味である。
年齢が上がるにしたがって、成長ホルモンも出にくくなるから、トレーニングをしていても、筋肉の衰えに、回復・再生のスピードが追いつかなくなる。
常に負荷を大きくしていかないと、筋肉をつけるどころか、現状の筋肉を維持することも難しいのを実感している。
第4の原則は「個別性」だ。
体は一人ひとり違うから、同じトレーニングをしても効果が異なる。
効果を上げるには、個人の個性に合わせたトレーニングをするのが鉄則だ。
個別性の原則に関連して、「SAIDの原則」というものがある。
「Specific Adaptation to ImpoSed Demand(人体は与えられた負荷に見合った適応現象を起こす)」という意味だ。
要するに、やればやっただけ結果が出るし、やらなければ結果は出ない。
第5の原則は「継続性」だ。
たとえlカ所の筋肉を鍛えるだけでも、だいたい6週間ぐらいは同じ方法を続けてやらなければ結果は見えてこない。
この継続性こそ、トレーニングの目的そのものといってもいいぐらい重要だ。

話をまとめると、トレーニングとは、「肉体に何かしらの負荷を与えて、適応現象を引き出すこと」と定義できる。
ここでいう「負荷」とは、肉体に日常生活以上の強度を与えることである。
私の考えでは、適応現象は以下のような公式で表すことができる。
適応現象=「負荷の種類」×「大きさまたは強さ」×「期間」
「負荷の種類」とは、トレーニングでいえば、バーベルを上げるのかヨガをするのか、ランニングをするのかということである。
「大きさ」「強さ」とは 「何キロ上げる」「何回上げる」とか 「一つのポーズを何秒やるか」。
ジョギングであれば、「何分間走るのか」、「どのぐらいの速さで走るのか」ということだ。
「期間」とは、「1回のトレーニング時間は何分か」「何カ月続けたか」「何年続けたか」ということである。
負荷の種類、強度、それと期間。これがトレーニングにとって欠かせない要素だ。
この3つがしっかりと整わないと、適切な反応が起きない。たとえば負荷の種類が多く、強度が大きくても、期間が短ければたいして効果は出ない。

適応現象は、3つの要素に加えて、トレーニングする人の生体エネルギーそのものに大きく依存する。
トレーニングによる疲労によって筋力はいったん落ち、再生の過程で 「超回復」と呼ばれる現象が起こり、筋力は元のレベルよりアップする。筋力はこの繰り返しにより上がってくる。
ここで見落とされがちなのは、与える負荷は、常に前回のトレーニングのときより大きくしていかなければいけないということだ。
しかし50歳で無理をすると、筋肉が壊れてなかなか回復しない。
だから、むやみやたらに負荷を上げて、トレーニング効果を高めるというわけにもいかない。
思うように効果が上がらないのにトレーニングを続けるのは、精神的にはキッいものだ。
しかし、20歳のときと40歳のときでは、忍耐力は40歳のときのほうが確実に上がっているはずだし、目的意識もはっきりしているはずだ。
このような精神の成熟は、加齢による生理的機能の低下を補ってあまりある。
だからトレーニングを始めるのに、遅すぎるということはない。
時間をかけて何かをするという経験がどんどん減っている現代社会においては、自分の体の変化とじっくり向き合う、トレーニングという行為は、精神力を鍛える貴重なチャンスなのだ。
そう思って、積極的にトレーニングに励んでほしい。

山本さんのこの原則を励みに継続しようと思っています。

テーマ:フィットネス・トレーニング - ジャンル:ヘルス・ダイエット

  1. 2016/05/08(日) 07:32:03|
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琉球国の滅亡とハワイ移民


鳥越皓之琉球国の滅亡とハワイ移民 (歴史文化ライブラリー)

「沖縄ケンケン豚カウカウ」(ケンは県、カウカウはハワイ語で食べる)
その当時は内地でもそうだったが、ハワイでも沖縄人に対する差別はかなり厳しかった。
沖縄はすでに日本のなかの一つの県となっていたが、言葉が相互に通じなかったことが大きな理由だと沖縄からの移民の人たちは言っていた。
また、沖縄では豚を飼う伝統があって、ハワイでも養豚業をしている沖縄人の割合が高かった。
養豚業は周辺の住民に悪臭を与えるので評判がよくなかった。
そのため、沖縄人は臭いというような言い方など、さまざまな形での差別もあった。

日本人(内地の人)によるいわゆる沖縄人への差別の理由として、通常は二つがあげられている。
ひとつが、沖縄県出身者は他の県の出身者よりも貧しかったからという「貧困」を理由とするものである。
もうひとつは、沖縄県よりも山口県や広島県など他の県の出身者が先にハワイに来ていて、ハワイで一定の地歩を築いていたが、沖縄県民は新参者であったからという、「後発」としての理由である。
これら二点の理由は否定できない事実だ。
けれども、根源の理由は、沖縄が日本によって滅ぼされた(併合)からだと私は解釈している。
この種の差別は、植民地化した朝鮮や台湾(また日清戦争後の中国)の人たちへの差別と同根である。

戦前では全国平均で100人に1人が移民として出て行ったのであるが、沖縄は10人に1人なのである。
その理由はなんであろうか。

それは琉球国の滅亡である。
国の滅亡が高い割合の移民をもたらしたと言える。
国の統治力としてのタガが外れたので流出したし、またタガが外れたことによって、制限が弱くなったからである。
タガがゆるんだという事実は、その当時の為政者にとってはおもしろくない。
したがって、奈良原知事が「時期尚早」論をうちだすのは、実に定石どおりの対応である。
そういうなかで民権運動という「定石破り」の運動が展開され、成果を得たのである。
民権運動は政治運動から移民活動という経済活動に移っていくことによって成功する。
ただ、移民に呼応した人たちは、当山久三の名前を知っている者はいたにはいたが、そのほとんどは、民権運動的な考え方にはまったく無関心で、経済的安定と、できるならば経済的に豊かになることのみを夢見て移民として海を渡ったのが現実であった。

浦崎政平(1908年生まれ)はいう。
学問のない人に限って、沖縄を軽蔑した。
わしら沖縄県人がこちらに来て、「鼻を高くしてよいな」と思うたのは、賀川豊彦先生の話から。
あの人がヒロ(ハワイ島)の大和座で話されたことがある。
人類のこと。歴史のこと。
日本の歴史はふたつある。「現代の歴史」(国が作為的につくった歴史)と「本当の歴史」。
もしずっと大昔の姿をみたいなら、沖縄へ行け、と言われた。
沖縄の言葉にはむかしの日本語があるんだと。
沖縄が大事ゾ、と言われた。
それからみんなが〔沖縄を〕見直した。

唐の世から、大和の世、大和の世から、アメリカ世、アメリカ世から、また大和の世。
沖縄世にはならんではありませんか。(川上喜子)

テーマ:ハワイ - ジャンル:海外情報

  1. 2016/05/07(土) 18:36:51|
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