続・竹林の愚人 東寺

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東寺

東寺 京都市南区九条町1
東寺真言宗総本山 八幡山  昭和9年(1934年)に国史跡。平成6年(1994年)12月に世界遺産に登録。

南大門
南大門(重要文化財) 2階建ての楼門に仁王像が安置された南大門は、明治元年(1868)の廃仏毀釈の際に焼け落ち、東寺創建1100年の明治28年(1895)、三十三間堂の西大門を移築したもの。で仁王像はない。この南大門は昭和45年(1970)ごろまで閉まっていたという。

中門跡 燈籠
中門跡 慶長地震(1605)で被災した後、再建されることなく、今は燈籠がその在処を示す。

八嶋社 鳥居
八嶋社(やしましゃ) 

八嶋社 本殿
本殿 祭神:地主神・大己貴神

八幡宮 拝殿
鎮守八幡宮 弘仁元年(810)の薬子(くすこ)の変で空海が八幡神を祀り、嵯峨天皇勝利の祈祷を行った。明治元年(1868)に南大門・八嶋社とともに焼失し、平成4年(1992)再建。

八幡宮 本殿
本殿 祭神:八幡三神

灌頂院 02
灌頂院(重要文化財) 伝法灌頂、後七日御修法を執り行うための堂。
空海の命日4月21日には一般公開される。閼伽井(あかい)という古井戸があり、神泉苑の神龍池につながって、新幹線工事が始まる前まで1200年涸れたことがなかったという。

小子坊
小子坊(こしぼう)勅使門 昭和9年(1934)新築。
建武3年(1336)、北朝の光厳上皇が半年ここで政務を取られ、尊氏が千手堂(食堂)に居住した。

蓮華門(西)
蓮華門(国宝) 鎌倉時代再建の八脚門。本坊西側、壬生通りに面す。
空海が高野山へ隠棲する旅立ちの時、西院に祀った不動明王が見送りにきた大師お別れの門。

本坊
本坊 門

毘沙門堂 門
毘沙門堂 門

毘沙門堂
毘沙門堂 天慶2年(939)平将門の乱の際、都の守護神として羅生門に安置されていた兜跋毘沙門天立像を、天元元年(978)7月9日大風にて羅城門が倒壊後、東寺食堂に安置し、文政5年(1822)現在の堂を建立してお祀りした。平成6年(1994)修復。

亀
仏頂尊勝陀羅尼(ぶっちょうそんしょうだらに)の碑 (亀趺
「仏頂尊勝陀羅尼」は厄災を除く呪文で、北野天満宮の宗像社のそばに、嘉永6年(1853)比叡山の僧願海(1823~73)によって建てられた。慶應4年(1868)の神仏分離令により、この地に移された。

石
天降石(てんこうせき) 江戸時代には護法石(五宝石)或いは不動石と呼ばれ、石を撫でた手で体の悪い箇所をさすると病が治る撫石(なでいし)とも呼ばれている。

大師堂 02
大師堂(御影堂)(国宝) 南面不動堂
弘法大師の住房で、大師の念持仏・不動明王像を安置。康暦元年(1379)焼失し、翌年再建。

大黒堂
大黒堂 大黒天・毘沙門天・弁財天の3体の天神が合体した三面大黒天と、北側に不動明王を祀る。

大師堂 01
大師堂 北面礼堂 明徳元年(1390)北側に大師像を拝するための礼堂と廊が加えられた。

鐘楼
鐘楼 貞和4年(1348)10月7日建立。平成4年、足利尊氏寄進の鐘は宝物館に保管され、模造品が吊されている。

大日堂
大日堂 役小角(えんのおづね)作胎蔵界大日如来を祀る御影堂の礼拝堂として、元禄11年(1698)に建立。平成12年(2000年)改修。

大師堂 門
御影堂 門

宝蔵
宝蔵(ほうぞう)(重要文化財) 南北2棟で宝物経巻を収蔵していたが、長保2年(1000)と大治元年(1126)に焼失し、1棟だけが残った。東寺最古の建造物。

食堂
食堂(じきどう) 空海没後の9世紀末から10世紀初め頃にかけて完成したと推定されるが、文禄5年(1596年)の地震で倒壊。寛政12年(1800年)にようやく再建するも、昭和5年(1930年)に火災で焼失し、昭和9年(1934年)に完成。本尊の千手観音立像も被災し、昭和40年(1965年)に修理され宝物館に安置。炭化した四天王像が痛々しい。

食堂  02
夜叉神堂(やしゃじんどう) 元々夜叉神像は南大門の左右に安置され、門前の通行に際して参拝しない者には罰が当たったという。やがて中門に移されるが、慶長元(1590)に中門が壊れてからは現在のような御堂が建てられ安置されるようになった。

夜叉神
雌夜叉神像(本地は虚空蔵菩薩)・雄夜叉神像(本地は文殊菩薩)
空海作とあるが、運慶一統は建久9年(1198)頃、東寺の仁王像を造像している。とすれば、この夜叉像は運慶ないしは四男康勝(こうしょう)あたりの手によるものということになるのであろうか?

講堂
講堂(重要文化財) 天長2年(825)弘法大師によって着工し、承和2年(835)頃に完成。文明18年(1486)の土一揆による戦火で焼失。延徳3年(1491)再興。

金堂 02
金堂(国宝) 延暦15年(796)の創建。文明18年(1486)に焼失し、慶長8年(1603)豊臣秀頼の発願で片桐旦元を奉行に再興した。

五重塔
五重塔(国宝) 天長3年(826)弘法大師の創建着手にはじまり、しばしば災禍にあい、焼失すること4回におよぶ。寛永21年(1644)徳川家光の寄進により再建された、高さ55mは現存する日本最高の塔。

東大門
東大門(重要文化財) 1198年、文覚上人の大勧進によって再建。
建武3年(1336)6月30日、新田義貞が攻め寄り、東寺に籠もった足利尊氏が東大門を閉めて難を逃れた故事により、「不開門(あかずのもん)」と呼ばれ、今日も閉ざされたままとなっている。

慶賀門
慶賀門(けいがもん・重要文化財) 文覚上人再建。平成6年(1994)改修。天皇の勅使が使用したという。5月3日、稲荷大明神が伏見稲荷にお帰りになる還幸祭(かんこうさい)のとき、東寺の僧侶がお見送りする門。

北大門
北大門(重要文化財)

都名所絵図
都名所絵図

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  1. 2009/06/23(火) 12:34:15|
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