続・竹林の愚人 泉涌寺

泉涌寺

  総門
泉涌寺(せんにゅうじ) 京都市東山区泉涌寺山内町27
真言宗泉涌寺派総本山 東山(とうざん)または泉山(せんざん)。
初め法輪寺後に仙遊寺と改称した寺を宇都宮信房から寄進された俊芿(しゅんじょう)律師が宋の法式を取り入れた伽藍の造営を志し、寺名を泉涌寺と改め、嘉禄2年(1226)完成。
皇室の菩提寺として「御寺(みてら)」と呼ばれている。


大門(重文) 伝・張即之筆「東山」の額を掲げた四脚門。慶長期(1596~1615)の内裏の門を移築。


降り参道 大門よち仏殿まで降りになっています。


水屋形 泉涌寺の名の由来になった泉。寛文7年(1667)に再建された屋形で覆われています。


仏殿(重文) 本尊:釈迦三世仏 寛文8年(1668)に徳川家綱が禅宗様で再建。 


舎利殿 寛永19年(1642)御所の御殿を移築。 仏牙舎利を安置。


霊明殿唐門 四条天皇御尊像(木像)と天皇・皇后・親王の御尊牌179基を霊明殿に祀る。 
明治17年(1884)再建。
 
勅使門                   御座所 皇族御陵参拝の際の御休所


楊貴妃観音堂  楊貴妃観音像(重文)を祀る。

 
鐘楼                            経蔵

 浴室 

 
鎮守社 豊川稲荷を勧請。 寛文8年(1668)再建。


歌碑 夜をこめて鳥のそら音ははかるともよに逢坂の関はゆるさじ 清少納言


開山堂(重文) 俊芿律師を祀るわが国最古の無縫塔を安置。


無縫塔(重文) 宋風の卵形の塔身は俊芿律師の墓塔と同型のもの。


『都名所図会』
東山泉涌寺 は大和大路一の橋の東にあり。当寺の初めは弘法大師の開基なり。その後、文徳帝の御宇、斉衡三年に左大臣緒嗣公、再建あって天台宗となし、仙遊寺と号す。この山に仙人遊びしゆゑなり。中興の開山は俊芿法師。名は我禅。それより以来、天台・真言・禅・律の四宗を兼学す。当山の麓に霊泉涌出しければ、号を泉涌寺と改む。そもそも俊芿 法師は肥後国飽多郡の人なり。仁安元年八月に誕し、四歳にて天台池辺寺の珍暁が弟子となり、十八歳にて落髪し、十九歳にして太宰府の観音寺にて具足戒をうけ、三十三歳にて律宗を伝へんため宋国にわたり、四十六歳にして嘉定四年二月二十八日帰朝せり。建保六年に和州の刺史中原信房が崇敬によって、わが領地泉涌寺を寄附せり。それより当寺に住職して、後掘河院の御字、嘉禄三年閏三月八日、六十二歳にして遷化せり。
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