続・竹林の愚人 知恩院

知恩院


知恩院(ちおんいん) 京都市東山区林下町400
浄土宗総本山 華頂山(かちょうざん) 祖・法然が後半生を過ごし、没したゆかりの地に建てられた。
三門 空・無相・無願の三つの解脱の境地を表わす三解脱門。元和7年(1621年)建立。


御影堂(国宝) 元祖法然上人の御影を祀る。  寛永16年(1639)再建。


集会堂(重文) 本尊:阿弥陀仏像  寛永12年(1635)建立。


阿弥陀堂 本尊:阿弥陀如来座像   明治43年(1910)再建。


霊塔   昭和34年(1959)建立。


宝佛殿 阿弥陀如来立像と四天王像を安置。平成4年(1992)建立。


大鐘楼(重文) 延宝6年(1678)建立。 重さ70tの大鐘は寛永13年(1636)に鋳造。 


納骨堂


経蔵(重文)  元和7年(1621)建立。

  写経塔


勢至堂・法然上人御廟参道




勢至堂(せいしどう)(重文) 知恩院発祥の地。享禄3年(1530)に再建された知恩院最古の建造物。


拝殿  宝永7年(1710)建立。


廟堂  法然上人のご遺骨をご奉安。 慶長18年(1613)改築。

 
紫雲水(しうんすい)            影向石(ようごうせき)       
法然上人ご入滅の時、聖衆が来迎し紫雲が水面に現れ、加茂大明神が降臨したという。


千姫の墓 二代将軍徳川秀忠の長女


濡髪大明神 濡髪童子を祀る。毎年11月25日に護摩焚きを行う。

  北門

  黒門

  南門


『都名所図会』
華頂山大谷寺知恩教院 は浄土宗の総本寺にして、鎮西流義なり。元祖円光大師、宗風開発の霊地にして、吉水の禅房とはこれなり。初めは東の山腹、今の勢至堂の地にして、大師入寂し給ふとぞ。(古は叡嶽の別院南禅院にして、慈慧大師草創の地なり。それより星霜かさなりて、山門十二代の座主青蓮院慈鎮和尚、法然上人の弘法を随信し給ひ、この地を寄附し給ふ。昔は今の円山と封境一面にして、吉水といふ)満誉和尚の代に至って台命を蒙り、瞼岨を穿ちて平坦とし、今の如く伽藍御建営あり。(洛東第一の大厦なり)山門に掲くる華頂山の額は霊元法皇の宸筆なり。本堂大谷寺の額は後奈良院の宸筆とぞ。須弥の壇上には円光大師の像を安置す。西の間には翠簾を巻き上げて、壇上に神牌を崇め奉る。大師の廟塔は東の山上にあり。勢至堂に掲くる知恩教院の額は後柏原院の宸筆なり。本尊勢至菩薩は安阿弥の作なり。(満誉上人化人より授与し給ふ尊像なり)紫雲水は勢至堂の傍にあり。大師入寂のとき聖衆来迎し、紫雲水面に顕れ、異香水気に遺れりといふ。一心院はその南にありて、本尊阿弥陀仏は安阿弥の作なり。
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  1. 2009/12/22(火) 08:05:43|
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