続・竹林の愚人 三好達治記念館

三好達治記念館


三好逮治記念館(みよしたつじきねんかん)  高槻市上牧町2-6-31 本澄寺内


生憎、ご住職不在でしたが、奥様から貴重なお話を伺うことができました。


三好達治の墓

詩人・三好達治は明治33年(1900)に大阪市西横堀(当時の通称)に生まれる。6歳で半年間京都府舞鶴市の家具商佐谷家へ養子、戻って兵庫県三田市の祖母の再婚先の日蓮宗妙三寺で育ち、11歳で大阪に帰り、市岡中学を経て軍人に成るべく大阪陸軍地方幼年学校から東京陸軍中央幼年学校へ進み、後2.26事件で首謀者として処刑される西田税と親友になり士官学校に進みましたが、三好達治は独り脱走事件を起こして逮捕され2ヵ月間陸軍刑務所に収監されて退校処分となります。転じて21歳で京都の第三高等学校に入り、東京大学フランス文学科を出ます。
東大在学中に詩作を盛んに始めて詩壇に高い評価を得、「雪」「乳母車」「甃のうへ」「春の岬」「鴉」等の処女詩集『測量船』を昭和5年に刊行します。のち第7詩集『艸千里』には昭和十二年から始まる日中戦争の英霊を謳う「おんたまを故山に迎ふ」上海事変に現地取材の「列外馬」が入り、太平洋戦争となって、沈潜の詩集『一點鐘』現世の美の不変を訴える詩集『花筐』と並んで涙をふり絞る戦争の叙事詩「涕涙行」「神風隊てふ」等の詩集『干戈永言』を出し、敗戦直後の昭和21年6月に日本再建のため昭和天皇に退位を進言する「なつかしい日本」を発表します。
この挫折の後『酪舵の瘤にまたがって』『百たびののち』等の詩集で再起しましたが、昭和39年東京オリンピックの年の4月5日満開の桜花の下に逝去します。
 没後13回忌に弟妹親族相い寄り、弟が住職の墓所日蓮宗本澄寺に記念館を作ります。
館内には自筆原稿・遺愛の品・著書・写真・参考文献等を展示し、達治研究の基礎資料の確保に努めています。見学には事前の電話予約が必要。(住職 三好能孝)
本澄寺 0726-69-1897

筑紫裕子(京都外国語大学)氏の「三好達治戦争詩年表」を紹介する。
昭和5年(30才)処女詩集『測量船』刊行
昭和6年(31才)9/18満州事変始まる
昭和11年(36才)2/26二・二六事件(旧友西田刑死)
昭和12年(37才)7/7盧溝橋事件、日中全面戦争へ
     10月『改造』『文芸』の特派員として上海に渡り1ヵ月余り従軍
     12/13南京占領、その後南京大虐殺
     「列外馬」(この泥まみれの生き物は、生あるものの一切の遺志を喪ひつくして・・・。それはすでに馬ではなかった。)
     「おんたまを故山に迎ふ」(ふたつなき祖國のためと/ふたつなき命のみかは/妻も子もつからもすてて)
     [以上 詩集『草千里』昭和14年7月刊行]
昭和16年(41才)12/8対米開戦
    「十二月八日」(くにつあたはらへよとこそ一億の臣らのみちはきはまりにたり)
    「アメリカ太平洋艦隊は全滅せり」「九つの真珠のみ名」
    12/10マレー沖で英戦艦二隻撃沈
    12/25香港占領

    「昨夜香港落つ」(汝頑愚なる者蔣/・・・・・/この日恢復されたる汝の祖國の名誉の前に/如何に如何に三たび汝の萬歳を唱へ叫ぶべし!)
昭和17年(42才)2/15シンガポール占領、日本軍による華僑大虐殺始まる
    「新嘉坡落つ」「ジョンブル家老差配ウインストン・チャーチル氏への私言」
    3/5バタビア占領・3/8ラングーン占領
     「陽春三月の天」(戦ひ勝者のそは我らの敵の四散し亡ぶる者にまさりて/如何に一層悲痛なるかを)
     [以上 詩集『捷報臻る』昭和17年7月刊行]
     6/5ミッドウェー海戦敗北
昭和18年(43才)4/18連合艦隊司令長官山本五十六戦死
     「草莽私唱」(いにしへのふみにもあらぬうみのをさ戦死したまふ報あなさやけ)
     5/29アリューシャン列島アッツ島玉砕
     「あだ一歩近く来れり」(アッツ島その名をきけば/わが眼にもわきくる涙/膽は張り胸はふたがる/・・・・・/しかすがに撃つによしこは/あだ一歩近く来れり!)
     「日本の子供」「われら銃後の小國民」「起て佛蘭西」(・・・・・ゴーオアが勇武の子ら/・・・・・/起て佛蘭西!)
     8/1ビルマ独立
     「葉月のあした」(とものくにビルマはいまし/あたらしくうまれいでたり)
     [以上 詩集『寒析』昭和18年12月刊行]
     12/1徴収延期廃止による「学徒出陣」
     「ゆけ学徒」(ゆきて卿らの任につけ/ますらをの涙ありとも…)
     「聖なる朝」(十二月八日/この日まためぐりきぬ/思へ/勅を賜ひしかの朝の碧落)
昭和19年(44才)3~7月インパール作戦失敗、戦没者数万
     「太平洋波濤高し」(五月二十日/敵機動部隊小笠原群島東方・・・/われら一撃して/彼らをとこしへに亡び憩はしめん)
     「窗下の海」(嗚呼人生を必せず/死を必するの時/白鷗烈風に啼く/人事他なし/ただ心機一瞬を尚ぶべし)(たまたま我は家郷をすて/北海の濱に流寓す/・・・・・/げにこの惨憺たる薄暮や/ただ情思貫直を快と /白鷗の波浪に上下するを/望み見て自ら慰む)
     「六月また来り」(この日誰人か初夏の風快きに酔ふものぞ/げにもよきかな/麦の穂は黄ばみをののき/その穂先天を指し怒れるを見よ/即ちこれわれらが野の六月の歌!)
     「リラの花匂ふ朝鮮」(ポプラの並木高くはるかに/・・・・・/白衣の人彼方を歩み)
      6/30学童疎開方針閣議決定、ついで実施
     「僕らは疎開する」(けふ僕らはなつかしい家庭を去る/。。。母校を去る/・・・なつかしい東京の町を去る/僕らの心はいかにふるへをののくか/
     7/7サイパン島米軍の手に落ち、多数の非戦闘員集団自殺
     「兵機深玄」(サイパン敵手に落つ/・・・・・/海南の民艸またよく気を振ひて起ち/三旬兵と共に闘ひことごとく率上の濱に竭く/・・・・・/ただ庭前の向日葵この日南方の天にむかって/花冠高く怒り花咲く)
     「涕涙行」(君が書はわが行嚢に/・・・・・/兵はみな遺書をしたため/しののめの空しろみなば/敵壘に突入せんとす/・・・・・/ここかしこはや鞘ばしる/三尺のき稲妻/・・・・・/爐の灰にわが涙おつ/・・・・・おつにまかせつ)
      10/25神風特攻隊開始、11/24B29東京空襲開始
      「神風隊てふ」(十機ゆき十機かへらず/百機ゆき百機かへらじ/神風隊てふ)
昭和20年(45才)3/10東京大空襲・4/1米軍沖縄上陸開始
     「人みな心をあはし物みな力をあはせ」(彼方決戦の日は夜につづく/・・・・・/この日決死の士夜半に出で/明け方に出で/白書にまた第三の隊は出でたつ)(その将倦み/その兵疲れ/全軍に嘆息の聲をきくなり/・・・・・/われらの上に試み鍛錬せんとするなり/昭和二十年)
     [以上 詩集『干戈永言』昭和20年6月刊行]
     「日まはり」(7/11発表)(今また沖縄死守の皇軍/ああ夏老いてその花はすがれたれども/我らが復讐の時はめぐり来らず)
      8/6・9広島・長崎原爆・8/15玉音放送、敗戦
昭和21年(46才)「なつかしい日本・三」(『新潮』6月号)に至って、言は天皇のことに及び、「私は先に陛下の御責任は身自ら陸海軍の大元帥陛下として、名ありてその實のなかりし疎慢の點にかかつて存することを指摘したが、陛下の御責任は精しく考へればなほ決してそれのみではない。陛下は一國の元首として、戦争中の統率にも情況の判断にも臨機の措置にも人材の選択起用にも取捨にも民情の観察にも、また戦争の切り上げ時に関しても、一向見栄えのするお手柄の拝せられなかっただけ、それだけ御責任を今日おとりになってよろしい。それが至當である。」「陛下は事情のゆるすかぎり速やかに御退位になるがよろしい。」と進言した。  (平成9年7/10~15作成)

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  1. 2010/03/23(火) 08:15:54|
  2. SIGHT
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2
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コメント

「三好達治」懐かしいです

■bittercupさま。
お早うございます。
「三好達治」懐かしいです。
このお寺は「上牧」にありましたか。
『駱駝の瘤にまたがって』は、よく読んで沈潜したものです。今では古びた詩集が書架にあります。
一度は行ってみたいと思いながら、「ものぐさ」癖で叶いません。
有難うございました。
  1. URL |
  2. 2010/03/24(水) 08:11:02 |
  3. sohya #-
  4. [ 編集 ]

shoyaさま

達治の戦争詩を戦後の民主教育を受けた私の世代が批判することは簡単ですが、
幼年学校から軍国教育を受けた達治にとって、翼賛的な詩は当然にも思われ、
同じく戦争画を描いた小磯良平などと共にこの時期の文芸・美術家の評価に戸惑います。

仏教徒の戦争協力に関する問題意識:http://www.genshu.gr.jp/DPJ/note/note_064.htm
から、甥の住職は「お題目九条の会」を立ち上げておられます。

俊太郎に連なる達治にはshoyaさまには特別な思いがあるかと推察し、
sohyaさまのご考察を拝聴しいたいと切に願います。



  1. URL |
  2. 2010/03/24(水) 08:51:45 |
  3. bittercup #-
  4. [ 編集 ]

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