続・竹林の愚人 法然院

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法然院


法然院(ほうねんいん) 京都市左京区鹿ヶ谷御所ノ段町30
善気山萬無教寺と号する浄土宗系の単立寺院である。
鎌倉時代の初め、法然上人が弟子の住連、安楽とともに、阿弥陀仏を昼夜に6回拝む六時礼讃を勤めた草庵で、寛永年間(1624~44)ほとんど廃絶していたが、延宝8年(1680)に知恩院の第38世萬無心阿(ばんぶしんあ)上人と弟子の忍澂(にんちょう)和尚が念仏道場として再興した。
本堂には恵心僧都作の阿弥陀如来坐像と法然上人自作本尊を安置し、直壇には毎朝25の生花が散華される。
方丈は、桃山時代の遺構を移築したものといわれ、襖絵14面の「桐に竹図」「若松図」「槇に海棠図」及び屏風の雪松図はいずれも重要文化財に指定されている。
参道に散る椿が名景として知られており、境内には、谷崎純一郎、九鬼周造、河上肇ら多くの文化人の墓がある。   京都市


山門 昭和の再建。


白砂壇 もとは5つあり、放生池の完成で2つになったという。砂壇は水を表し、心身を清めるという。


本堂 本尊:阿弥陀如来
貞享5年(1688)再建。昭和になって茅葺きから銅板、そして瓦葺に変わる。
本尊は恵心僧都源信作と伝え、法然が安置。


地蔵菩薩堂 元禄3年(1690)、忍澂和尚46歳の時、自身と等身大の地蔵菩薩像を安置。


講堂 元禄7年(1694)、浴室として建立。昭和52年(1977)に内部を改築。


経蔵 元文2年(1737)落成。釈迦如来坐像・毘沙門天像・韋駄天像を祀り、570巻の経典版木を所蔵。


多層石塔 大正10年建立。


阿育王塔 鑑真和上請来の仏舎利と石塔寺の阿育王塔片石を納めている。


法然塔 


寂:谷崎潤一郎・松子  空:渡辺家(松子夫人の妹夫妻)


福田平八郎


九鬼周造


川田 順


浜田青陵


湖南内藤先生・夫人田口氏 墓  内藤湖南


河上 肇・夫人秀 墓


『都名所図会』
善書山万無寺(ぜんきさんばんむじ) は同所にあり。本尊は阿弥陀仏の坐像にして、恵心の作なり。開基万無心上人。古へは、法然上人艸菴を営み、専修念仏を修したまふ旧跡なり。かるがゆゑに法然院とも号す。本堂の前に銅像の地蔵尊を安置す。
客殿の庭に霊水あり。銘を善喜水といふ。この地は松風粛然としてつねに鉦の音たえず、六時礼讃の声は幽谷に谺し、寂蓼として峰の月ほがらかなり。廬山の白蓮杜ともたとへられて、清浄無塵の仏界なり(世に六字づめの念仏を鹿ヶ谷流といふは、この寺の称名を習へるなり)。



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  1. 2010/11/07(日) 07:10:44|
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