続・竹林の愚人 下御霊神社

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

下御霊神社


下御霊神社(しもごりょうじんじゃ) 京都市中京区寺町通丸太町下ル下御霊前町
平安初期の貞観5年(863)に神泉苑で行われた御霊会で祀られた崇道天皇(早良親王)、伊予親王、藤原吉子、藤原広嗣、橘逸勢、文屋宮田麻呂の6座に、吉備聖霊と火雷天神を加えた8座、即ち八所御霊を出雲路(上京区)の地に奉祀したのが始まりである。
いじれも無実の罪などにより非業の死を遂げた人物で、疫病流行や天変地異はこの怨霊に依るものと考えられ、それを鎮めるために御霊が祀られた。
当初、御霊神社(上御霊神社)の南にあったことから下御霊神社と呼ばれるようになったといわれ、以後、社地を転々とし、天正18年(159)に豊臣秀吉の命により当地に移転した。
古来より、京都御所の産土神として崇敬され、享保年間(1716~1736)に霊元天皇が当社に行幸し、宸筆の祈願文を収めている。
本殿は、寛政3年(1791)に仮皇居の内待所を移築したもので、表門は、旧建礼門を移したものといわれている。
境内の垂加社には、江戸時代の神道家、山崎闇斎(あんさい)を祀っている。    京都市


拝殿

 
狛犬


本殿 祭神:吉備聖霊・崇道天皇・伊予親王・藤原大夫人・藤原大夫・橘大夫・文大夫・火雷天神
現社殿は、天明8年(1788)の大火で旧社殿が焼失した後、再建されたものである。
本殿は天明8年位仮皇居の章吾院宮において造営された内侍所仮殿を、寛政3年(1791)に移築したもので、仮殿造当初の規模、形式をよく残している。本殿の前には切妻造りの幣殿(寛政5年)が取りつき、その前には更に唐破風造りの拝所(寛政5年)がつく。また、幣殿からは南北に入母屋造の廊(文政13年・1830)がのびている。
本殿、幣殿、拝所そして南北廊が、屋根をそれぞれ交錯させて一連の内部空間をつくる特異な社殿構成は、市内の御霊社に特有のものであり、なかでも当社の社殿は造営の年代が古く貴重である。
また、拝所の前方に独立して建つ拝殿は、寛政40年に造営されたものである。   昭和58年6月1日京都市指定有形文化財指定。             京都市


左殿 祭神:天中柱皇神・霊元天皇



宗像社


五社相殿社:日吉社・愛宕社・大将軍社・高知穂社・斎部社      大国主命社


天満宮


猿田彦社 猿田彦大神・柿本大神、垂加社


稲荷社

『都名所図会』
下御霊社 は京極通春日(いま丸太町といふ)の南にあり。
祭る神は八所の御霊にして、上御霊と同神なり。(八所の神名は上にしるす。例祭は上御霊と同日なり)
観音堂 社内にあり。洛陽観音巡りの第六番なり。
関連記事

テーマ:京都 - ジャンル:地域情報

  1. 2010/11/11(木) 07:05:40|
  2. Shrines
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<大応寺 | ホーム | 山紫水明処>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://bittercup.blog.fc2.com/tb.php/2585-29019b2c
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プロフィール

bittercup

Author:bittercup
近畿の社寺仏閣と旧跡を巡っています。

Translate

検索フォーム

Loading

月別アーカイブ

カテゴリ

Table of Contents (46)
BOOK (1275)
Shrines (1717)
Historic sites (739)
Retro (114)
SIGHT (382)
NEWS (185)
GOODS (86)
PC (40)
Lecture (18)
Greeting (14)
Blog (7)
TRAIL (9)

FC2カウンター

リンク

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。