続・竹林の愚人 妙覚寺

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妙覚寺


妙覚寺(みょうかくじ) 京都市上京区上御霊前通堀川東入ル下清蔵口町135
妙覚寺は北竜華具足山と号し、京都日蓮宗名刹三具足山及び京都十六本山の一つである。
南北朝時代の1378年、竜華院日実(にちじつ)上人により、信徒で豪商の小野妙覚の四条大宮の邸に創建され、その後、二条衣棚に移ったが、豊臣秀吉による大規模な都市改造の際に、この地に移築された。
一時は、本能寺とともに、織田信長の上洛時の宿所とされ、千利休による茶会も催された。
この大門は、寺伝によると、秀吉が天正18年(1590)に建設した聚楽第の裏門を、寛文3年(1663)に移建したものといわれており、西本願寺の飛雲閣、大徳寺の方丈・唐門などとともに数少ない聚楽第の遺構である。城門特有の両潜戸を持ち、梁の上には伏兵を配置できる空間が設けされている、建築史上興味深い建物である。  京都市


祖師堂   中央に日蓮、左に日朗、右に日像を祀る。


唐門


玄関


天文法難殉教碑  天文年間の法華一揆で、京都洛中洛外の日蓮宗寺院21本山はことごとく焼き払われた。


日蓮・日像・日朗の三菩薩題目笠塔婆


狩野家一族の墓 元信・永徳(聴受院殿永徳法眼高信日意大居士)

『都名所図会』
具足山妙党寺(ぐそくさんめうかくじ) は新町頭にあり。法華宗にして、開基は日実上人なり。楼門の金剛力士は弘法大師の作なり。祖師堂には日蓮・日朗・日像三師の像を安置す。(この堂は飛弾の工造立にして、恰好比類なし。講堂建立の規矩とす)花芳塔には日蓮自筆の法華経を収む。紫印金の曼荼羅、角竜の曼荼羅はともに日蓮の筆にして、当寺の什宝なり。(この寺古は衣棚二条の南にあり。いま妙覚寺町といふ。天正年中、秀吉公の命によってこの地にうつす。また当寺に画工狩野古法限元信、その外狩野家数代の墓あり)
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テーマ:京都 - ジャンル:地域情報

  1. 2010/11/12(金) 07:10:22|
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