続・竹林の愚人 仏光寺

仏光寺


佛光寺(ぶっこうじ) 京都市下京区高倉通仏光寺下ル新開町397
親鸞聖人在世の当時、真宗の教えは関東を中心に広がりをみせていましたが、第7世了源(りょうげん)上人になって、教化活動の拠点を旧仏教の盛んな京都に置き、光明本尊・絵系図・交名帳を用いて西日本一帯の布教活動に力を入れました。
戦前の世にあっては人々は風になびく草木のごとく上人のお徳を慕って念仏申すようになり、元応2年(1320)には、寺基を山科から今比叡汁谷(現・京都国立博物館あたり)に移しました。
建武2年(1335)12月8日、上人はごこ教化の途上、伊賀(三重)の七里峠において賊徒に襲われ、正法流布のご生涯を閉じられたのですが、その死に臨んで自己をあやめんとする者に対して「この者を罪することなかれ、回心の気あり、よく後生を教ゆべし」とお諭しになりました。
時に上人42歳でした。了源上人は、わが国で初めて真宗教団を組織され、念仏不毛の地を耕されたお方で、佛光寺のみならず真宗教団の中興の祖といっても過言ではありません。
佛光寺が繁盛するにしたがって、それを妬む輩が現れ、ある夜ご本尊や法宝物を盗み出して竹やぶに投げ捨てました。
その夜、後醍醐天皇が夢枕に東南の方向から一筋の光が差し込むのをご覧になり、ただちに人を使わせられたところ、阿弥陀如来のお木像が出てきました。この仏像がわがご本山の阿弥陀如来像の台座と一致するところとなり、勅願により「阿弥陀佛光寺」略して佛光寺の寺号を賜ったと伝えられています。
了源上人亡き後、第8世を継職された長子の源鸞上人は在職13年で病没され、やむなく了源上人のお裏方、了明尼公(りょうみょうにこう)が第9世の法灯を継がれることになりました。
600年以上も昔、五障三従(ごしょうさんしょう)の女人と言われた女性差別の激しい南北朝時代に、女性が一山の門主の地位に就くということは、まさに革命的な出来事です。
第27世を継承された真意尼公(しんににこう)は、江戸から明治へという時代の激変期にあって、第25世真達上人亡き後、元治の兵火で灰燼に帰した本山を背負い、お念仏一筋に法灯を守り抜かれました。
現在の本山両堂をはじめとする諸堂は、真意尼公の手によって再建されたものです。


阿弥陀堂


御影堂門


大師堂



鐘楼


勅使門



玄関門




『都名所図会』
汁谷山仏光寺(じふこくざんぶつこうじ) は五条坊門通にあり。(初めは興正寺と号す)宗旨は親鸞聖人の弘法にして、仏光寺派と称す。本堂には開山親鸞聖人自作の御影を安置す。(坐像にして長二尺余なり)阿弥陀堂本尊は立像の阿弥陀仏を安置す。(長三尺一寸八歩)慈覚大師の作なり。この本尊は後醍醐天皇の御字に盗賊寺内に乱入し、尊像を奪ひ逃ぐるといへども重くして詮方なく、二条河原に投げ棄て去りぬ。その夜より瑞光を放ちて帝闕を映照し、百官これをあやしむ。帝光の行衛を尋ねさせ給ふに弥陀の光明なり。勅使驚いて尊像を帝に奉り、宮中に安置す。その後、興正寺に遷座し、寺号を仏光寺と改めて勅額を腸ふ。また宸筆を染められて親鸞聖人の絵詞伝を書し給ひ、専修念仏の棟梁たる論旨を賜はる。阿弥陀堂の脇壇には聖徳太子自作の木像、法然上人自作の像を安置す。余間を存覚間といふ。本願寺第三代覚如上人の息、存覚上人こゝに寓居し、『六要抄』『四部九帖』等を撰し給ふ。それ当寺の草創は親鸞聖人四十歳の時、山州山科郷東野村に建立し、興正寺と号し、徒弟の上足真仏上人に附属し給ひ、その後、五条西洞院九条殿下兼実公の別荘花園亭を、聖人に寄附して花園院と号し、興正寺の院号となせり。(九十四代の帝花園院の御時、園を恩に改む)後醍醐帝の御宇元応元年に、当寺を以て今比叡竹中庄汁谷に移す。東は阿弥陀ヶ峯を限り西は柳原に至り(いま七条河原をいふ)、南は菅谷を限り、北は汁谷大路に至る。その後、足利尊氏公の祈願寺として仏供田を寄附し給ふ。これより宗門繁昌し、尊信の僧俗諸国に充満し、塔頭四十八坊に及べり。しかるに文明年中、当寺十四世の住職経豪上人、山科本願寺蓮如上人に属し、寺僧四十二坊、その外、国々の門徒数輩随順す。故に経豪上人の舎弟経誉上人、当寺の住職とし十四世を相続す。(所在の六坊、いま寺内にあり)秀吉公の時、大仏殿建立によりてこの地に移す。
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