続・竹林の愚人 尚徳諏訪神社

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尚徳諏訪神社


尚徳諏訪神社(しょうとくすわじんじゃ) 京都市下京区諏訪町通五条下ル下諏訪町35
第50代桓武夫里の延暦16年坂上田村麻呂、東夷平定、征夷大将軍の命を受けました。将軍はかねてより信州諏訪大明神を深く信仰し、ご神威、ご加護のもと赫々の戦果を挙げ平安京に延暦20年10月に凱旋いたしました。
その御礼の為、都、五条坊門の南に社殿を造営、信濃より諏訪大明神のご分霊を勧請し祀られたのが当神社の創始です。爾来星霜を重ね社殿も荒廃いたしておりましたが、第82代後鳥羽天皇の文治2年、源義経社殿を広め、樹木を植え池を作る等して昔にまさる宏大な神域といたしました。
第96代後醍醐天皇の建武年間兵火に遭い、旧観とみに変じ再び衰微するも室町幕府(室町迫今出川上ル附近)3代将軍足利義満神馬を奉納し神域を復活せしもようです。
弟108代後氷尾天皇の慶長年間にも社殿の修覆が行はれ、更に徳川幕府5代将軍綱吉の項には、境内に社殿復興の為の大相撲興行も行われました。第120代仁孝天皇の元治甲子の年、禁門の変の兵火に遭い社殿、悉く烏有に帰し再建も覚束なかつたが、第121代孝明天皇再建の資として金150両と菊御紋提灯壱対を御下賜下さるに及び大いにカを得、更に尚徳学区先人各位のご努力と相侯って慶応2年再建の業、完成いたしました。
青丹よし奈良の都より、平安遷都以来の京都の歴史が即、尚徳諏訪神社の歴史であり、今日に及ぶ次第であります。


拝殿


本殿 祭神:建御名方神・八重事代主神


弁財天

『都名所図会』
諏訪社(すはのやしろ) は五条の南二町、諏訪町にあり。祭る所信濃国諏訪社と同神なり。
(獣肉を喰らふものこの社の神箸をうけて食す。汚穢なしとぞ)
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  1. 2010/11/28(日) 07:00:54|
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