続・竹林の愚人 熊野神社

熊野神社


熊野神社(くまのじんじゃ) 京都市左京区聖護院山王町43
我が国最初の夫婦神である伊弉冉尊・伊弉諾尊と天照大神、速玉男尊。事解男尊の5柱を祀り、縁結び、安産、健康長寿の御利益があるとして信仰されている。
平安時代の弘仁2年(811)に修験道の日圓上人が国家守護のため、紀州(現在の和歌山県)熊野大神を勧請したことに始まるといわれている。寛治4年(1090)に創立した聖護院は、当社を守護神として別当職を置いて管理された。
熊野信仰が盛んであった平安末期、後白河法皇は度々熊野御幸(熊野詣で)を行うとともに当社の整備に力を注いだ。室町時代には足利義満から広大な社地を寄進され、社域は鴨川に至るものとなった。その後も歴代天皇に崇敬され、庶民の信仰も集めたが、応仁の乱により荒廃した。
江戸時代の寛文6年(1666)、哀微を嘆いた聖護院宮道寛法親王によって再興され、天保6年(1835)には大修造が行われた。現在の本殿は、その時に下鴨神社の旧本殿を移築したものである。
大正元年(1912)の市電丸太町線の開通、昭和元年(1926)の東大路通の拡幅などにより、現在の社域となった。
銘とし、5月16日に例祭、4月29日に神幸祀が行われる。大小の神輿があり、大神輿は光格天皇の寄進によるものである。            京都市

 
狛犬 天保8年11月建立


拝殿


本殿 祭神:伊弉冉尊・伊弉諾尊・天照大神・速玉男尊・事解男尊


稲荷社 金刀比羅大神・稲荷大神


春日社 春日大神・須賀大神・神倉大神


西尾為治立像・八橋発祥之地
西尾為治は、明治12年(1879)山城国愛宕郡 聖護院村の八ッ橋屋に生まれ、以来昭和37年(1962)1月に永眠するまで、84年の生涯を八ッ橋の発展のために心血をそそぎました。後年中興の祖といわれ、元禄からの古法を基調に改良に改良を重ね”京に八ッ橋あり”とその名声を拡げました。
平安遷都1200年を記念し、八ッ橋発祥の地「聖護院の森」に石碑まらびに銅像を建立しました。  熊野神社


八橋発祥の家 
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  1. 2010/12/16(木) 07:10:58|
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