続・竹林の愚人 金戒光明寺

金戒光明寺


金戒光明寺(きんかいこうみょうじ) 京都市左京区黒谷町121
浄土宗大本山 紫雲山 通称、黒谷
寺伝によれば、承安5年(1175),法然上人が浄土宗の確立のために、比叡山西塔の黒谷にならって、この地に庵を結んだのが当寺の起こりと伝えられている。以後、浄土教の念仏道場として栄え、後光厳天皇より「金戒」の二字を賜り、金戒光明寺と呼ばれるに至った。また、正長元年(1428)、後小松天皇より、上人が浄土宗の真実義を悟った由緒により「浄土真宗最初門」の勅願を賜った。
御影堂脇壇には、京都七観音・洛陽三十三観音の1つ、吉田寺の旧本尊と伝えられる千手観音立像を安置している。また、御廟には上人の分骨を納め、廟前には熊谷蓮生坊(直実)と平敦盛の供養塔2基が建てられている。
寺宝としては、山越阿弥陀図・地獄極楽図等の屏風や法然上人直筆の1枚起請文など数多くの文化財を蔵し、墓地には、国学者山崎闇斎、茶人の藤村庸軒、箏曲開祖八橋検校などの墓がある。   京都市


山門 蔓延元年(1860)再建。楼内に釈迦三尊と十六羅漢像を安置。
勅額「浄土真宗最初門」後小松天皇宸翰


極楽橋
寛永5年(1628)に春日局が寄進し、寛永10年に徳川秀忠追善の為、三重塔を建立。寛永18年(1641)石橋に作り替える。
この蓮池は別名兜之池と呼ばれ、熊谷直実が法然上人を尋ね、出家を決意して兜を置いたことからその名となる。


御影堂 宗祖法然上人75歳の御影を安置。昭和19年に再建。


鎧掛けの松 
熊谷直実は乾宮年(1193)黒谷の法然上人を尋ね、北条裏の鎧池にて鎧を洗いこの松の木に鎧を掛けて出家した。庵は蓮池の畔に建てられ、現在の蓮池院(熊谷堂)である。現在の松は2代目。


阿弥陀堂 慶長10年(1605)豊臣秀頼の再建。 本尊「のみおさめの如来」恵心僧都源信最後の作と伝える。


納骨堂(旧経蔵) 元禄2年(1689)称悦法師が建立。
黄檗版一切経を観音堂に移し、現在、納骨された骨が造立した阿弥陀如来「骨仏」を本尊とす。


鐘楼 元和9年(1623)建立。平成22年修復。


北門
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  1. 2011/04/04(月) 07:00:31|
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