続・竹林の愚人 吉田神社

吉田神社



吉田神社(よしだじんじゃ) 京都市左京区吉田神楽岡町30
清和天皇の貞観元年(859)4月、古くからの霊域であったこの吉田山に、中納言藤原山蔭が平安京の鎮守神として春日の四神を勧請し、依頼、朝廷の信仰も厚く、正暦二年(991)には、朝廷から特別の奉幣を受ける二十二の社「二十二社」の全身である十九社奉幣に列する。
次いで、室町時代之中頃、神官の吉田(卜部)兼倶が吉田神道(唯一神道)を大成し、山上に斎場所大元宮を造営してから、吉田流神道の総家として明治に至るまで神道系に大きな権威を誇った。大元宮(重要文管財)には全国の神々が祀られ、ここに参ると全国の神社に参ったのと同じ効験があると信仰されている。
本殿は慶安年間(1648~1651)の建築で、朱塗春日造である。境内には、大元宮のほか、地域の氏神・雷除神として有名な神楽岡社、吉田兼倶を祀る神龍社、料理の神を祀る山蔭神社、お菓子の神を祀る菓祖神社など多彩な末社、摂社が多い。
毎年節分の日を中心に3日間行われる節分祭は、疫神祭・追儺式・火炉祭の三部に分かれ、追儺式は「鬼やたい」として特に有名で、毎年多数の参詣者でにぎわう。    京都市


祖霊社 明治16年4月創立。


今宮社 祭神:大己貴神・大雷神・健速須佐之男命  吉田町の産土神。




拝殿


第1殿:建御賀豆知命 第2殿:伊波比主命 第3殿:天之子八根命 第4殿:比売神





神楽岡社 祭神:大雷神・大山祇神・高口神


若宮社 祭り神:天忍雲根命
はじめ本殿第2殿と第3殿の間に祀られていたもので、慶安元年(1648)ここに遷座。


神龍社 祭神:卜部兼倶卿  俗に百段さんと親しまれる。


菓祖神社 祭神:田道間守神・林浄因命  昭和32年11月11日鎮祭。


山陰神社  藤原山蔭は吉田神社を創建し、包丁の神、料理・飲食の祖神として祀られている。


祭神:藤原山蔭卿 相殿に恵比須神


三社社 祭神:多紀理毘売命・狭依毘売命・多岐津毘売命・金山毘古命・金山毘売命・菅原神
吉田家の邸内に鎮祭していたのを弘化元年(1844)今の地に遷座、明治5年末社となる。


大元宮 天神地祇八百八万神をまつる大元宮を中心とし、周囲に伊勢二宮をはじめ全国の延喜式内社3,132座を奉祇する。
もと、神職卜部(吉田)家庭内にあったのを文明16年(1484)吉田兼倶がここに移建。
天正18年(1590)神祗官八神殿も社内後方に移され、江戸時代より明治4年(1871)に到るまで朝廷の奉幣派遣のとき神祗官代といってその儀式を執行した。


幽斎桜
細川幽斎は天正8年(1580)丹後に左遷され、吉田山より京都の風情を込めた桜木を移植しその心を慰めたといい、現在400年の爛漫と咲くしだれ桜に成長し、舞鶴市天然記念物として、丹後吉田の瑠璃寺にその威容を誇っている。
平成16年、吉田神社創建1050年を記念して、瑠璃寺より苗木を懇請し、里帰りを果たす。 


本殿(重要文化財) 慶長6年(1601)の建物で平面八角に六角の後方を付し、屋根は入母屋造、茅葺き、棟に千木をあげ、中央に露盤宝珠を置き、前後には勝男木をおく特殊な構造で、神仏習合・陰陽五行を統合した吉田神道の理想を形に表している。

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  1. 2011/04/05(火) 07:10:49|
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