続・竹林の愚人 禅昌寺

読んだこと、散歩したことを綴っています。

禅昌寺


禅昌寺(ぜんしょうじ) 神戸市須磨区禅昌寺町2-5-1
臨済宗南禅寺派 神撫山
延文年間(1356~60)月庵禅師の創建。足利幕府は寺領36石を寄進した。
織田信長・荒木村重よりも諸役免除の沙汰を受けたが、天正8年豊臣秀吉の三木・別所長治攻めの兵火で焼失す。
後、桃山御殿から豊国亭を移して方丈とした。
明治12年(1879)に焼失し、大正4年(1915)に再建された。


山門 左甚五郎作と言われている。
開基月庵禅師手植えの楓の古株があったことから、「楓寺」とも呼ばれ「紅葉の寺」として親しまれている。

 
友まつと見えず紅葉に一人かな  芭蕉


本尊は釈迦か阿弥陀か紅葉かな   瓢水


開山堂 本尊:十一面観音


鐘楼


鎮守堂 本尊:證誠菩薩 

禅昌寺0
『摂津名所図会』
神撫山禅昌寺(じんぷさんぜんしようじ)同村の北、山手にあり。鷹取山と号す。禅宗済家。
本尊聖観音 安阿弥の作。長二尺ばかり。
開基正続大祖禅師 月庵宗光和尚といふ。往昔延文年中の草創なり。
伝へ云ふ、宗光和尚は美濃国の人なり。姓は江氏にて、幼少より峯翁に随身し、一年唐土黄檗山へ登り臨済の宗意を授かり、帰朝の後当山に来たり坐禅する事日あり。時に神入来たつて顔面を撫づる。翌日出峯へ攀登れば、帝釈天の神祠あり。これ霊現ならんと帝釈神撫山と号し浄刹を営む。宗光和尚は、老年但州黒門大明寺に入って康応元年三月二十一日寂す。
方丈画 狩野永徳の筆なり。城州伏見豊太閤の御城よりここに移す。秀吉公、播州三木の城を攻めらるる時、この寺大いに荒廃す。御治世の後、上聞に達し再興の御教書を賜ふ。
鎮守 熊野権現を祭る。一説には神功皇后三韓帰朝の御時ここに至り、石座にあつて巌を撫ぜたまふゆゑ神撫山といふ。ここにこの神を祭る。
木犀 仏殿の前にあり。開基和尚唐土より将来しけるとなり。『呂氏春秋』に日く「桂の一能なり。巌嶺の間に叢生す。これを巌桂と謂ふ。俗に呼びて木犀と為す」。
『南方草木状』に日く「江南の桂、八、九月花開く、子無し、これ木犀なり」。
丹楓 大樹にして枝葉繁茂せり。秋の末紅錦のごとし。遠近釆たって目を歓ばしむ。
   本尊は釈迦か阿弥陀か紅葉かな    播磨別府瓢水


関連記事

テーマ:神戸 - ジャンル:地域情報

  1. 2011/09/28(水) 07:00:30|
  2. Shrines
  3. | コメント:0
<<板宿八幡神社 | ホーム | 明光寺>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

bittercup

Author:bittercup
読んだこと、散歩したことを綴っています。

カレンダー

06 | 2014/07 | 08
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -

最新記事

検索フォーム

Loading

月別アーカイブ

カテゴリ

Table of Contents (46)
BOOK (1408)
Shrines (1658)
Historic sites (701)
Retro (109)
SIGHT (380)
NEWS (181)
GOODS (84)
PC (39)
Lecture (188)
Greeting (13)

FC2カウンター

Translate

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QRコード

最新コメント

リンク

このブログをリンクに追加する

AdSense

RSSリンクの表示

まとめサイト

『摂津名所図会』で摂津を散策
『都名所図会』で京を巡る
『江戸名所図会』で東京を散策
古墳めぐり