続・竹林の愚人 太宗寺
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太宗寺


太宗寺(たいそうじ) 東京都新宿区新宿2-9-2
浄土宗 霞関山
太宗寺は、慶長年間初頭(1596頃)に僧太宗の開いた草庵を前身とし、のちの信州高遠藩主内藤家の菩提寺として発展した寺院です。
かつての内藤新宿の仲町に位置し、「内藤新宿の閻魔」「しょうつかのばあさん」として江戸庶民に親しまれた閻魔像・奪衣婆像や、江戸の出入口に安置された「江戸六地蔵」のひとつである銅造地蔵菩薩など、当時の面影をのこす多数の文化財が伝えられています。


本堂


閻魔堂
閻魔像(えんまぞう) 新宿区指定有形民俗文化財(昭和61年3月7日指定)
木造彩色、総高550cmにもおよぶ巨像で、目をむき大きな口をあけて見据える姿は拝観者を恐れさせ、子供のしつけのため参拝されたりしました。
文化11年(1814)に安置されたとされ、制作もその頃のことと推定されます。しかし、数度の火災による度重なる補修を受けたため、制作当時の部分は頭部を残すだけとなっています。

奪衣婆像(だつえばぞう) 新宿区指定有形民俗文化財(昭和61年3月7日指定)
閻魔堂内左手に安置されている座像です。
木造彩色で総高は240cm,明治3年(1870)の制作と伝えられます。
奪衣婆は、閻魔大王に仕え、三途の川を渡る亡者から衣服をはぎ取り罪の軽重を計ったとされています。この像でも、右手には亡者からはぎ取った衣が握られています。
また、衣をはぐところから、内藤新宿の妓楼の商売神として「しょうつかのばあさん」と呼ばれ信仰されました。


不動堂

三日月不動像(みかづきふどうぞう) 新宿区指定有形文化財 彫刻(新宿区指定昭和59年11月2日指定)
額の上に銀製の三日月をもつため、通称三日月不動と呼ばれる不動明王の立像です。
銅造で、像高は194cm、火炎光背の総高は243cm。江戸時代の作ですが、製作年・作者などは不明です。
寺伝によれば、この像は高尾山薬王院に奉納するため甲州街道を運搬中、休息のため立寄った太宗寺境内で、盤石のごとく動かなくなったため、不動堂を建立し安置したと伝えられています。
なお、額上の三日月は「弦月の遍く照らし、大空をかける飛禽の類に至るまで、あまねく済度せん」との誓願によるものといわれます。このため、像の上の屋根には窓が取り付けられ、空を望むことができます。   

新宿山の手七福神、布袋尊像(ほていそんぞう)
新宿山の手七福神は、昭和初期に有志により創設されたもので、太宗寺(布袋尊)・鬼王神社(恵比寿神)・永福寺(福禄寿)・抜弁天厳島神社(弁財天)・法善寺(寿老人)・経王寺(大黒天)・善国寺(毘沙門天)の7ヶ所となっています。
布袋尊は中国の禅僧がモデルで、豊かな暮らしと円満な家庭の守護像です。 


江戸六地蔵  銅造地蔵菩薩坐像 東京都指定有形文化財 彫刻(昭和45年8月2日指定)
江戸時代の前期に、江戸に出入口6ヶ所に建立された「江戸六地蔵」のひとつです。
銅造で像高は267cm、正徳2年(1712)9月に「江戸六地蔵」の3番目として甲州街道沿いに造立されたもので、製作者は神田鍋町の鋳物師太田敦賀守正儀です。
なお、像内には小型の銅造六地蔵9体をはじめ、寄進者名簿などが納入されていました。


塩かけ地蔵


稲荷社


内藤正勝(ないとうまさかつ)の墓(内藤家墓所) 新宿区指定史蹟(平成7年2月3日指定)
江戸時代に信州高遠の藩主をつとめた(元禄4年より幕末まで)譜代大名内藤家の墓所です。
現在の墓所は、昭和27年(1952)東京都の区画整理事業に伴い、墓地の西北部にあったものを現在地に改葬したもので、約300坪・57基の墓塔を現在の3基に改葬し、改葬記念碑を建立しました。
太宗寺は、寛永6年(1628)にこの正勝が葬られ、6代重親が寺地を寄進し起立したものですが、正徳4年(1714)7代清枚が葬られて以後ここを歴代の墓所とし、当主のほか一族が葬られました。


切支丹灯籠(きりしたんとうろう) 新宿区登録有形文化財 歴史資料(昭和60年3月1日指定)
昭和27年(1952)太宗寺墓地内の内藤家墓所から出土した織部型灯籠の竿部分(脚部)で、現在は上部の笠・火袋部分も復元し補われています。
石質は白みかげ石で、江戸時代中期の制作と推定されます。
切支丹灯籠は、江戸時代、幕府のキリスト教弾圧策に対して、隠れキリシタンがひそかに礼拝したとされるもので、織部型灯籠(安土桃山時代~江戸初期の大名・茶人古田織部の好んだ灯籠)の全体の形状は十字架を、また竿部の彫刻はマリア像を象徴したものであると解釈されマリア観音とも呼ばれています。

『江戸名所図会』 霞関山太宗寺(かかんざんたいそうじ) 
内藤新宿右側・中ほど、大木戸より2丁あまりにあり。浄土宗にして縁山に属す。本尊は阿弥陀如来にして恵心僧都の作。開山念誉故心学玄和尚と号す。昔はわづかなる草奄なりしを、寛永の頃、内藤大和守重頼この地を賜りしとき、この地に住める道心者ありしに、重頼若干の地を与へられしが、広豁なるをもつて大宗なりといひしかば、重頼とりあへず、「さあらんには寺号を大宗と付けよ」とありしより号とすと。当寺牌堂の本尊弥陀善逝の像は、鎌倉仏師の作なりといへり。「斎藤伊勢守、二親菩提のため」と記してありとぞ。この斎藤といへるは、代々鎌倉に仕へて、斎藤禅門浄円が裔なりといへり。
門の内に、沙門正元坊が造立するところの銅像の地蔵尊あり。江戸六地蔵の第2番目なり。
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  1. 2011/10/21(金) 07:05:23|
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