続・竹林の愚人 古事記不思議な1300年史
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古事記不思議な1300年史


古事記 不思議な1300年史古事記 不思議な1300年史
(2012/05/12)
斎藤 英喜

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『古事記』は長い歴史のなかで、ほとんど読まれてこなかったらしい。
『古事記』という本が、今みたいにメジャーな扱いになったのは、江戸時代中期、18世紀の国学者・本居宣長が『古事記伝』という注釈書を書いてから以降であった。
平安時代前期に行われた朝廷主宰の『日本書紀』の講義・日本紀講では、『古事記』は「古語」「倭語」を伝える本として、いくつかある参考書のひとつとして利用されている。
また鎌倉時代から南北朝時代にかけての中世の時代では、寺院の僧侶たちが仏教経典を注釈するように『日本書紀』の注釈書を作っていたが、そのときに彼らも『古事記』を利用したようだ。
現在伝わっている『古事記』の一番古い写本は、南北朝時代に、名古屋の「真福寺」というお寺で書かれたものだ。
また神祇官の占い専門の氏族であった卜部氏は、平安時代後期から『日本書紀』をはじめとした古典、神書の研究を専門とする家となり、鎌倉時代以降には「日本紀の家」と呼ばれるようになった。
彼らのなかからは鎌倉時代後期に『釈日本紀』という『日本書紀』の最初の体系的な注釈書が作られるが、そこには「古語」の参考として『古事記』も引用されている。
彼らのあいだでは、『古事記』は稀少本として扱われていたようだ。

『日本書紀』の版本が、関ケ原の合戦の前年、慶長4年(1599)に後陽成天皇の勅旨によって刊行されているが、『古事記』が刊行されたのが、寛永21年(1644)に、京都・寺町誓願寺下にある洛陽書林・前川茂兵衛の書肆で刊行された『寛永版古事記』と呼ばれるものだ。
宣長は京都での遊学時代、宝暦6年(1756)に購入している。
お金を出せば誰もが書物を購入し、読むことができるという出版文化の成立は、それまで写本の形でしか読めなかった『古事記』の読み方とはまったく違う日本神話の解釈を導き出した。
宣長は中世以来の『日本書紀』一辺倒の受容史を批判して、『古事記』の価値を発見するわけだ。

明治維新を迎えた近代日本においては、『古事記』は国家神道の聖典とされ、戦後の教育現場からも封印されてきた。
しかし実際の歴史を検証してみると、意外なことに皇国史観が華やかな時代にあっても、『古事記』はきちんと読まれていなかった形跡がある。
「大東亜戦争」が始まった頃の官吏任用試験の受験者が、なんと神武天皇のことを知らなかったらしい。
戦後においては、『古事記』はマルクス主義や構造主義、ポストモダニズムなど、時代の最先端の思想と切り結ぶことで、つねにその読み方を更新していった。
このように『古事記』が受容されてきた「1300年」の歴史は、謎だらけなのだ。
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