続・竹林の愚人 大谷祖廟

大谷祖廟

東大谷

親鸞聖人墳墓の地(大谷祖廟) 京都市東山区円山町477
真宗大谷派(東本願寺)宗史蹟第1号 (2009年9月16日指定)
『御伝鈔(本願寺聖人伝絵)』によると、親鸞聖人は1262(弘長2)年11月28日に90歳で亡くなられ、東山延仁寺で荼毘に付されました。その後、大谷の地に埋葬され、笠塔婆が建てられましたが、やがて、聖人の墳墓は末娘の覚信尼によって移され、廟堂が建立されました。これが、本願寺の濫觴(起源)です。1602年(慶長7)年、東本願寺第12代教如上人が本願寺の東西分派に伴い、親鸞聖人及び本願寺の仮墓を東本願寺境内に建立しました。
1670年(寛文10)年、東本願寺第14代琢如上人が、親鸞聖人・第12代教如上人・第13代宣如上人の墳墓をこの地に移し、「大谷御坊」と称されるようになりました。
1701年(元禄14)年、第17代眞如上人によって墳墓の改葬が行われ、本堂を建立しました。1872年(明治5)年には「大谷御坊」の名称は、「大谷管刹」に、1876年(明治9)年には「大谷別院」に、1952年(昭和27)年には「大谷本廟」に、さらに1981年(昭和56)年には「大谷祖廟」に改称されました。
     真宗大谷派(東本願寺)  宗宝宗史蹟保存会


東大谷

総門

東大谷


太鼓堂

東大谷

本堂

東大谷

御廟

東大谷

虎石

東大谷


鐘楼

東大谷

『都名所図会』 大谷(おおたに)
双林寺に隣りて艮にあり。東本願寺の祖廟なり。阿弥陀堂の本尊は安阿弥の作。
親鸞聖人の廟塔は後の山腹にして、墳上に虎石あり、石の形虎に似たれは名とす。
この石はじめは開山聖人往生の地、柳馬場押小路虎石町にあり。
秀吉公の御時、伏見城中に移し給へり。その後、かの地よりまたこゝに移す。
聖人の御墓ははじめ東本願寺の境内、七条の北にあり。世の人、旧地を御墓町と呼ぶ。
それよりこの地に遷して、元禄年中に造営あり。
廟前の荘厳、みやびやかに微妙見えたり。大谷の名義は初めに載るごとく、花頂山の旧号をもって名づくるなり。
この地にも桜多くして、弥生の頃は貴賎群をなせり。

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テーマ:京都 - ジャンル:地域情報

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