続・竹林の愚人 大蔵司遺跡展

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大蔵司遺跡展

大蔵司遺跡
「大蔵司遺跡展」
平成25年6月15日(土曜日)~9月1日(日曜日)
今城塚古代歴史館 常設展示室内特設コーナー
高槻市立服部図書館の開館を記念し、周辺の遺跡を紹介。
大蔵司遺跡は、服部図書館の南西約300mにある弥生時代後期から中世にかけての集落遺跡です。
東西約420m、南北約640mの範囲に遺跡が広がり、西側には芥川、東側には真如寺川が流れ、北側には式内服部神社が鎮座しています。
遺跡の中央部は芥川の氾濫のために状況がよくわかりませんでしたが、北側では弥生時代後期の土壙や溝、南側では弥生時代後期から古墳時代初期の竪穴住居跡や溝、奈良・平安時代の掘立柱建物や溝、中世の水田や溝などが確認されています。
とくに1980年に行われた芥川高校建設にともなう調査では、奈良・平安時代の溝から、人形・齋串など神服神社の祭祀に使われたとみられる木製品、下駄・曲物容器といった生活道具などがみつかっています。
また、仁王像の鼻と思われる木片もあり、幻の寺、大蔵寺との関連も考えられます。

大蔵司遺跡

大蔵司遺跡
弥生土器

大蔵司遺跡
奈良・平安時代の下駄・木沓


大蔵司遺跡展


大蔵司遺跡展

仁王像
金剛力士像ともいい、仏法を守護する神として、寺院の表門に阿形・吽形の二対一対で安置されています。
大蔵司の地名の由来となった大蔵寺は、平安時代中期の日記『陰涼軒日録』に「摂州大蔵寺 御祈祷 大般若 木札二枚 進上」などとあり、足利将軍家の後期に創建された天台宗の寺院があり、現在でも神峯山寺には平安時代末~鎌倉時代の仁王像が残っています。
平安時代末~鎌倉時代は山岳仏教の隆盛期でもあり、大蔵寺もこの頃に創建されたものと推定されます。
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