続・竹林の愚人 織田作之助が闊歩した道頓堀

織田作之助が闊歩した道頓堀

高橋敏郎熟塾「織田作之助が闊歩した道頓堀」

解説&蓄音機音楽

高橋敏郎   (オダサク倶楽部副代表)
7月7日(日) 14:00~16:30
ギャラリー香 4階 大阪市中央区道頓堀1-10-7

『夫婦善哉』は川端康成からは「下世話な感じ」と云われたが、武田麟太郎のみが「非常によくできた小説」と評価して、改造社の第1回文芸推薦作品となる。
処女作にして名作である。
これがなければ織田作之助の名は忘れられていたかもしれない。

『わが文学修行』に「私の文学修業は大阪勉強ということに外ならない。」と書いている。
大阪を描きたかった、大阪弁を生かしたかった。
「西鶴は大坂人であった。・・・私にとって、大阪人とは地理的なものを意味しない。
スタンダールもアランも私には大阪人だ。」
「西鶴はリアリストの眼を持っていたが、書く手はリアリストのそれではなかった」
リアルに見たことを、文章にする時には面白いように物語性にしている。
『可能性の文学』にも文学には物語性が必要だと書いている。
織田作之助は「ロマンを発見したと一語を残し絶命した」。

織田作之助は旅先にも蓄音機を持っていった程、音楽が好きでした。
道頓堀といえば「道頓堀行進曲」

『世相』
戎橋の停留所で市電を降り、戎橋筋を北へ丸万の前まで来ると、はや気が狂ったような「道頓堀行進曲」のメロディが聴えて来た。


浪花小唄 二村定一


ああそれなのに 美ち奴 

『アド・バルーン』
茶店を出ると、蝉せみの声を聴きながら私はケーブルの乗場へ歩いて行ったが、ちょこちょこと随ついてくる父の老妻の皺しわくちゃの顔を見ながら、ふとこの婆さんに孝行してやろうと思った。そして、気がつくと、私は「今日も空には軽気球アドバルン……」とぼそぼそ口ずさんでいました。
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テーマ:大阪 - ジャンル:地域情報

  1. 2013/07/08(月) 21:46:44|
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