続・竹林の愚人 卑弥呼の真実

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卑弥呼の真実


俾弥呼の真実 (古田武彦・歴史への探究)俾弥呼の真実 (古田武彦・歴史への探究)
(2013/03/10)
古田 武彦

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狗奴国
狗奴国は倭人伝に登場する。
倭国の女王卑弥呼と交戦する敵対国として著名だ。男王を卑弥弓呼という。
卑弥呼がこれを親朝に訴え、ために魂朝は、①掾史(軍事司令官)の張政等派遣②詔書・黄幢の授与(難升米)③檄による告喩という具体的行為に出た(正始8年、247)。
「倭種における国家間対立に対する、大国干渉」である。
いわば、倭人伝内で、もっともシビアーな軍事的事件だ。

しかしながら、従来の「邪馬台国論争史」において、この「狗奴国問題」は必ずしもその重要さに「対応」した取り扱いを受けてきたとは言えない。
著名な「井上上田論争」をふりかえってみても例外ではない。
若き上田正昭氏が、九州説と見られた井上光貞氏に挑戦し、近欝心説をとなえたその主たる「方法」は倭国の「国家としての構造」の問題であった。
しかし、その「近畿説」に立った場合、最大の敵対者たる「狗奴国」はどこか
遺憾ながら、そこまでは、論争の「鋒」は十分には未だゆきとどいてはい奈ったようである。

(1)魂志倭人伝からは、狗奴国の「的確な位置」は知ることができない。
(2)だが、後漢書倭伝には、「女王固より東、海を渡ること千余里、狗奴国に至る。皆倭種なりといえども、女王に属せず。」とある。
(3)漢代(前漢・後漢とも)の「里単位」は「長里」(1里=約465m)である,
(4)「女王国」(糸島、博多海岸、中心)から、東へ「長里」で「千余里」となれば瀬戸内海を”突き抜け”て「近畿」に至らざるを得ない。
(5)その中心は東奈良遺跡(茨木市)を中心とする「銅鐸圏」否、「銅鐸国家」である。
(6)小野忠照氏の研究で有名な「弥生時代の高地性集落の分布図」によれば、瀬戸内海一帯(特に北岸に濃密) に、この”軍事的避難集落”というべき高地性集落が分布している。
中でも、その東端部に当る「近畿」(大阪府、奈良県、京都府)には、もっともその分布が集中している。
右は、この地帯が弥生時代において「一大軍事対立」のさ中にあったことを証言している。
(7)九州の場合、右に先立ち、すでに縄文期において、これらの高地性集落(に近いもの)の存在が見られるという。
(8)右によれば、(A)近畿を中心とする「狗奴国」(B)瀬戸内海を中心とする「平型銅剣領域」(C)九州の糸島・博多湾岸を中心とする倭国の3領域が存在する。
直接には、(A)と(B)の衝突が繰り返され、その(B)の背後にあった中心勢力が(C)の「倭国」だったのではあるまいか。女王国だ。

倭人伝の「対海国」と「一大国」の「官」(長官)が「卑狗」とされている。
「狗」には「コ、コウ」の両者があるけれど、これは明らかに「ヒコ」であって「ヒコウ」ではない。
従って、「狗奴国」は「コノ国」または「コヌ国」であり、「コウノ国」ではない。
倭人伝では、「投馬国」の副官を「弥弥那利」としているように、「ナ」音は「那」であって「奴」ではない。
一方、東奈良遺跡の東側には (枚方市を隔てて)「交野山」があり、現地音は「コノ山」である(交野市)。
 交野市内部でも、現在では「こうの山」と発音する人々が増えているようであるけれど、右の山の麓の”古くから住んでいる住民”の「発音」は「コノ山」であるという。
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  1. 2013/07/13(土) 20:41:04|
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