続・竹林の愚人 森本遺跡

森本遺跡

森本遺跡

森本遺跡(もりもといせき) 向日市森本町下森本24-91・30-6 向日市立第三向陽小学校グラウンド 

森本遺跡

森本遺跡記念碑 昭和57年(1982)12月建立。

森本遺跡     森本遺跡
森本遺跡は、1~3世紀にかけて営まれた集落と生産施設を伝える遺跡です。
1970年の発掘調査の結果、2時期にわたる灌漑用水路と、水田の畦畔跡が発見されました。
これらによって、当時の人々が、南に広がる台地上に集落を営み、台地の裾に用水路を構築し、北東に広がる平地を開墾して、生活していたことがわかります。
同時に出土した人面土器は、こうした労働に携わった人々の顔を伝えてくれるし、杵や鋤は、労働の様子を思い浮かばせてくれます。
森本遺跡の周辺では、石田川沿いに数多くの遺跡が知られています。
下流の石田遺跡は縄文時代後・晩期の遺跡です。
鶏冠井(かいで)遺跡は弥生時代前期の遺跡で、雲の宮遺跡(長岡京市神足)とともに京都府下で最も早く、米作りの行われた所として知られています。
上流の寺戸町岸ノ下では、方形周溝墓と呼ばれる墓跡が発見されており、森本遺跡の墓域として注目されています。
弥生時代以後も、森本遺跡の集落は南接する台地上には、山開古墳が造られ、平安時代には、長岡宮が造営されるなど、当地は、連綿と続く歴史を知るうえで、貴重な地域であることがわかります。          向日市教育委員会

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森本遺跡

人面付壺形土器 顔面部片  京都府指定文化財 弥生時代
昭和44年(1969)、第3向陽小学校の建設に伴う発掘調査で、運動場予定地の南端で発見された弥生後期の水路跡の底部から出土した。
表からヘラで切り取って切れ長の眼をあけ、眼のふちに遅い沈線を刻む。
眉と鼻は粘土を貼り付けて作り、鼻の孔まで表現されている写実的な作り。
もとは壺の側面の一部で、制作は水路の時代よりさかのぼる弥生中期とされる。
悪霊を払う農耕のマツリに使われたとみられており、この土器の発見が森本遺跡の名を全国に知らせた。

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テーマ:京都 - ジャンル:地域情報

  1. 2013/07/29(月) 07:00:51|
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