続・竹林の愚人 木皿食堂

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木皿食堂


木皿食堂木皿食堂
(2013/05/21)
木皿 泉

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私は、努力というものを、ほとんどしたことがない。
でも一度だけ、努力というものをしたことがある。
それは相方が、2004年に脳内出血で半身マヒになり、食べ物が飲み込めなくなったときだ。
手術後、ようやく食べる練習を始めたときに、肺炎を起こしてしまったので、食べる許可を与えてくれない。
先生は、私の顔を見ると、胃に穴を開ける手術を勧めてくる。
退院して自宅介護になったときの負担を軽くするために言ってくれているのだが、私は、その度に「イヤです」と強固に言いつづけた。
相方は、すでに何カ月も鼻からのチューブで栄養を摂るのに慣らされて、食欲というものは、すっかり失せていた。

強い味方があらわれた。
リハビリをしてくれる言語聴覚士のM先生である。
自分がすべて責任を持つと言い切り、昼休みを削って、相方の喉の奥に太いチューブを何度も押し込み、反応が起こるのを何日も辛抱強く待った。
M先生の情熱に引っ張られるように私たちもまた、辛抱強く、できることはすべてやった。
何とか飲み込みができるようになるまで、3カ月かかった。
が、まだ栄養を入れるチューブは取ってくれない。
病院の食事を完食して、水が1リットル飲める、という実績を1ヵ月ほど積み上げないと、許可は出ないのだ。
鰯と芋と大根の煮物をミキサーにかけた、ドロドロの食べ物を、相方は顔をしかめつつ、すべて食べきった。
私は祈るように見ていた。

同じ頃、学園小説『野ブタ。をプロデュース』をドラマ化しないかという話をいただいて、私は正直、迷っていた。
自宅介護で時間的に大変というのもあったが、それより、バブル以降、私は若い人が何を考えているのか、わからなかった。
が、得体の知れないようなものを懸命に食べている相方を見ていて、それは違うなと思った。
食べるというのは、自分に必要なものを補うということだけではないのだ。
外の世界のものを噛み砕いて自分の体の中に取り入れてゆく。
自分のロからものを食べるというのは、力強く、外の世界を生きてゆくということだ。
私は、わからなくても書こうと思った。
自分で噛み砕く努力を、してみようと決めた。

今、相方は何でも食べられるようになって、「うまいなあ」と1日に1回は感嘆している。
そして、グルメ番組を見ては、「こんなもんあるんかぁ」と感心している。
そうだ、この世は、まだ食べたことのないものが山のようにある。
そして、まだ書いていないものも、山のようにあるのである。
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  1. 2013/08/25(日) 07:00:42|
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