続・竹林の愚人 元興寺

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元興寺


元興寺古寺巡礼奈良 6 元興寺
(1979/01)
野口 武彦、辻村 泰範

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辻村泰範 「元興寺の歴史と信仰」

この寺は蘇我馬子によって飛鳥の地に創建され、飛鳥寺、建通寺、法興寺などの呼称を持っていた。
和銅3年(710)に都が藤原京から平城京に遷された時、飛鳥の地にあった大寺は次々と新京に移り、法興寺も新京に南北四町・東西二町の寺院を新たに建立した。
これが元興寺のほじめである。
新京の元興寺へは、法興寺から多くの僧侶と重要な経典・論書が移り、その建立に際しては法興寺の屋根瓦が用いられた。

推古天皇33年(625)、高句麗僧恵灌が中国隋の嘉祥大師吉蔵に三論宗を学んで来朝、法興寺に入って三論宗を講説した。
法相宗は、法興寺の道昭(道照)が斉明天皇7年(661)唐へ留学して、玄奘三蔵より唯識説を学んだ。
このように三論宗と法相宗が伝えられた法興寺は学問寺としての性格を顕著にしてくる。

法興寺の蹴鞠の場で中大兄皇子と中臣鎌子(鎌足)が近づき、中大兄皇子が蘇我入鹿を暗殺するや、法興寺が遂には蘇我氏打倒の陣となり、打倒後には孝徳天皇は法興寺の大槻の樹の下に群臣を集めて年号を「大化」と改めた。
天武天皇9年(680)詔が発せられ、「官の大寺」とされたのは川原寺と大官大寺で、例外として法興寺も官治の例に入れられた。
以後、薬師寺の造営が始まって「四大寺」と呼ばれ、更に奈良時代「南都七大寺」と呼ばれる官の大寺の一つとなる。
和銅3年(710)、元明天皇の代に都が飛鳥から奈良に遷され、主だった寺院も新京に移ってゆくが、法興寺が平城に移ったのは養老2年(718)9月で、遷都から8年が経っていた。

諸記録によれば、新京の元興寺の位置は左京の四、五条の七坊に当り、南北四町・東西二町にわたる堂々たる伽藍を誇った。
当代随一の学僧として名高かった智光が夢の中に感得した極楽浄土を描かせた浄土変相図は、本邦浄土三曼荼羅の一として、当麻曼荼羅・清海曼荼羅とともに広く信仰を集めた。
そして法相を伝えた道昭が禅院を建てたように、三論の智光が「空」の理解を進めながら、観想浄土系の浄土思想を具現していった。

都が平安京に移り、新しい貴族社会が形成されると、元興寺も次第に衰退し、9世紀後半頃になると南都自体が「都城変じて田畝となる」となり、10世紀には官寺は事実上消滅してゆく。
元興寺の願暁に学んだ聖宝が延喜年間(901~23)に東大寺に東南院を開いてからは、三論教学の本拠は東大寺東南院に移ってしまう。
平安時代の末期には興福寺の庇護の下に入り、次第に分解過程をたどってゆく。

元興寺金堂の本尊は弥勒菩薩坐像だが、民衆信仰は中門の二天八夜叉と、中門観音の信仰であった。
二天は持国天と増長天と推測され、建久7年(1196)には仏師運慶がこの二天を模して神護寺の中門像を造った。
一方、中門観音は丈六の十一面観音立像で、中門に安置されていた。
また、小塔院は護命僧正の往生したところとされ、吉祥天を中心とする信仰を集め、小塔院に対峠する東塔院は観音信仰の場であった。

極楽坊の信仰の中心は「浄土三曼荼羅」の一つ智光曼荼羅で、『日本往生極楽記』『今昔物語』『扶桑略記』『往生拾因』『水鏡』などに採録されて有名になった。
極楽坊の名が世に知られると念仏者たちによって念仏講が結成されるようになった。
12~13世紀後半に至る本堂極楽往生を願う庶民たちは智光曼荼羅の前で念仏を唱え、百日念仏講を組織していったのである。
百日念仏は、その後、13世紀中頃まで続けられていたが、以後は七日念仏が恒例となる。
貴族たちは豪華の限りを尽して納経し、競って仏像を作り、塔を造らせたが、一般庶民は何千もの小さな仏像を作った。
鎌倉時代から室町時代に及ぶ夥しい数のこけら経・千体仏・印仏・五輪塔などが遺っており、極楽坊は南都における庶民信仰の一大中心として活況を呈していた。

宝徳3年(1451)10月14日の土一揆で主要堂宇が焼亡。
荒れた寺地には町家が進出し、遂に元興寺は極楽坊、東塔院観音堂と、仮堂の小塔院の3つに分解してしまった。
安政6年(1859)の火事では大塔・観音堂を残らず灰燈に帰し、創建当初の元興寺を偲ばせる建物は、とうとう極楽院の本堂・禅室(僧房)と五重小塔だけになってしまった。
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  1. 2013/09/10(火) 07:00:06|
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