続・竹林の愚人 本の立ち話

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本の立ち話


本の立ち話本の立ち話
(2011/03)
小沢 信男

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VIKINGクラブの子弟   山田稔『富士さんとわたし―手紙を読む』書評
                                   
若い身空で痔に悩む男がいて、みかねた17歳年上の先輩が、わが身に卓効のあった治療法を図解で敢えてあげる。
しかるに若者は、助言そこのけに悪友どもと二日酔いの不摂生をかさね、ついに3年後に手術の憂き目をみる。
しかもその体験をとりこんで、出世作『スカトロジア―糞尿譚』を仕上げたのだった。
1枚のハガキからも、けっこう展開があるもので、そこで本書は長尺の絵巻物をくりひろげるあんばいとなる。
1954(昭和29)年、若者が22歳のときの出会いから、1987年、先輩が74歳で毅するまで、33年間の往復書簡と、その注釈が、A5判530頁の大冊となった。
先輩が富士正晴。往年の若者が山田稔。
悪友どもは、同人誌「VIKING」族と「日本小説を読む会」の面々など。
 
戦後は処士横議の時代で、つまり訪問と手紙の時代でした。
その気風は昭和30年代まではつづき、その後も惰性でだいぶつづいた。
激論ないしムダ話のはてに泊まり込むのも再々で、なにやら濃密な気配なのに、ハガキや手紙は素面で書くから淡々としている。
この間合いが、味わいですなあ。

大阪府茨木市の富士正晴記念館には、正晴あての厖大な来信類が分類整頓されている。
山田家にある正晴書簡169通だから、組みあわせれば往復書簡が復元できる。
竹林の隠者的定評の人がいかに活き活きとチャーミングであったことか。
いかに無類の先達であったか。
往復書簡の探検行は、2005年より「VIKING」誌に連載して、丸3年におよんだ。
「VIKING」は敗戦当時からつづく同人誌の老舗で、キャプテン富士正晴は、ユニークな才能たちを離合集散させてきた。
キャプテンは、ここぞという激励を惜しまず、深夜の迷惑電話を掛けまくる人で、同時にそっぽをむいたらにべもない人でもあった。
そのキャプテンの、行住坐臥の記録たりえている。
富士正晴その人が『贋・久坂葉子伝』このかた最晩年の『恋文』まで、破格な新形式の人間記録を生みつづけた先達であって。
その先達を描きだす新形式が、コロンブスの卵ではないが、まだあったものだなあ。

そもそも『スカトロジアー糞尿講』が、この談論風発の場でこそ生まれた。
VIKINGクラブは、こういうやっぱり運動体だったのだ。
富士正晴亡きいまもどっこい生きているのだ。
その証明として、著者は「富士さんとわたし」を、3年間のんべんだらりと連載した。
先輩の段年を越えた人生の第4コーナーにおいて綴ったこの530頁は、先輩へ深甚の謝意をこめた自発的継承ないし挑戦なのでしょう。脱帽。

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