続・竹林の愚人 旧野々宮神社跡

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旧野々宮神社跡

旧野々宮神社跡

旧野々宮神社跡(きゅうののみやじんじゃあと) 野洲市冨波甲424
『近江国輿地志略』に「野々宮 新町村にあり。澤村生和社の御旅所なり。境内に若宮といふ地、中古は社ありしに、何の日か社廃して、今は石を敷注連ばかりをひけり」とある。

旧野々宮神社跡


旧野々宮神社跡

生和神社御旅所
旧野々宮神社は平安中期(康平年間1058年頃)鎮座。御祭神は野槌之神、社域は相当広く 延宝7年(1679)の検地では2町1反3畝であった。
明治4年、社地収公法により境内は1反4畝28歩、森林8反7畝29歩となり衰微する。
建治元年(1275)生和神社の御輿造立により祭礼の御旅所となる。
明治20年、東海道線敷設により参道が分断され 神社の維持経営が困難となったので、明治43年(1910)生和神社に合祀にいたる。
合祀とともに境内地も逐次払い下げられ 耕作地として開発されていった。
昭和の時代になって森林の半分は開墾して農地となる。
第2次世界大戦は敗戦となり農地解放が実施される。
広大な社域をもった野々宮神社が時勢の流れに抗しきれず御旅所としての機能だけになってしまったのは誠に残念の極みである。
平成の御大典を記念してここに由諸を記す。
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テーマ:滋賀県 - ジャンル:地域情報

  1. 2013/10/10(木) 07:05:38|
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