続・竹林の愚人 玄清寺

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玄清寺

玄清寺

玄清寺(げんせいじ) 東大阪市東山町11-17
浄土宗 河内西国霊場 第23番
玄清寺当寺の開基は慶長2年(1597)額田村の高内正定が招いた聖誉上人であると伝えています。
正定は織田信長に従い、大坂石山本願寺との戦いに参加しましたが、その戦没者の霊を弔うために寺を建立し、浄翁山玄清寺戸と称し高内氏の菩提寺としました。
また、天正11年(1583)に正定は、前関白近衛前久公の枚岡神社参詣に際し、案内役をつとめたりしています。
延宝年間(1673~80)には、教誉上人が中興し、享保2年(1717)寂誉上人の時、本堂(改築前の本堂)が高内氏の人々が施主となって上棟されたことが、棟札によってわかっています。
高内氏は、古代より続き豪族の後裔ろ伝えられ、額田首を名乗って、この額田に住んでいたことが記録に残っています。
平安時代の人で式部省額田首高内皆人は弘法大師の教えを信じ、額田寺を建立したと「ぬかた縁起」に伝えています。
寺内には、正定をはじめ高内家の墓碑が並んでいます。
元史元年(1736)に建てられた観音堂には、市指定有形文化財の南無太子像が、本尊の聖観音の脇侍として、地蔵尊像と共に安置されています。
像は桧材の寄木造で、前後剥ぎの太子像で彫法的にもすぐれており、室町時代の作と推定されます。
  平成15年3月  東大阪市

玄清寺

本堂 本尊:阿弥陀仏如来

玄清寺

観音堂

玄清寺

地蔵堂

玄清寺

鐘楼
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  1. 2013/10/17(木) 07:20:16|
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