続・竹林の愚人 福田寺

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

福田寺

福田寺

福田寺(ふくでんじ) 京都市南区久世殿城町5
西山浄土宗 迎錫山 

福田寺

本堂 本尊:地蔵菩薩・釈迦如来

福田寺

龍神堂

福田寺

俊恵法師歌碑
 故郷の坂井のしみず清草いて  月さへ住まずなりにけるかな
この歌の作者「俊恵法師}は平安時代末期当山の住職にして末寺「祐楽寺」の開祖で、出生は永久元年(1113)。
このうたは、「千載集」巻16に[故郷の月をよめる」という歌題に彼が長旅に入り修行。
当「福田寺」に何歳の頃入山したかは不明であるが、彼は僧侶よりも平安時代末期の「歌人」として幾多の和歌を後世に残しており、現在判明しているものでも1100首をかぞえている。
また、祖父大納言源経信・父源俊頼朝臣と3世代にわたり「小倉百人一首」に推挙され今日でも多くの人に読まれている。
また、当時和歌同好者の集いの場を「歌林苑」と称し1つの「文学結社」を結成し自らリーダーとして「月例会・歌合・歌会」が開かれていたと伝えられている。
また、その中の歌友として[源三位頼政」・「鴨長明」もいたという。
「歌林苑」の所在は当初此の「福田寺」で後京都白川へ移されたともいわれている。
   平成九年12月   迎錫山 福田寺


『都名所図会』
福田寺(ふくでんじ) は下久世にあり。本尊は地蔵尊にして行基の作なり。
摩耶夫人の像は、もろこしにて世の人安産のために梁の武帝みづから作りたまふ赤栴檀の尊像なり。
弘法大師入唐のとき、乞ひ得て帰朝し、摂州摩耶山天上寺に安置す。後にこの寺にうつす。
竜神の像は俊恵法師雨乞ひの法を修す。旱の年、雨を祈るに霊験あり。

坂井の清水 この寺の艮にあり。むかしは福田寺の封境なるよし。
俊恵法師このところに閑居す。俊恵は宇多天皇六代の苗裔俊頼の子なり。
才智世に誉れありて、かぞいろともに敷島の道に達せり。
されば世の栄えは宿因浅く、脱塵のこころ起こりてこの寺に住みしが、思へば樹の陰だにもしばしはやどらぬといへば、錐をたつる地をものぞまず、風とすぎ雲とつらなりて行衛もしらずなりぬ。
年経てまたここに来りて、あれたる宿をながむれば、かやが軒端の虫のこゑ、ささの小篠の露ふかみ、昼さへ光うすければ、清水に月もさえず、あはれさいとどましければ、
    『千載』   古郷の坂井の清水みくさゐて月さへすまずなりにけるかな  俊恵法師
関連記事

テーマ:京都 - ジャンル:地域情報

  1. 2013/10/22(火) 07:00:06|
  2. Shrines
  3. | コメント:0
<<木下神社 | ホーム | 丹波史を探る>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

bittercup

Author:bittercup
近畿の社寺仏閣と旧跡を巡っています。

Translate

検索フォーム

Loading

月別アーカイブ

カテゴリ

Table of Contents (46)
BOOK (1275)
Shrines (1718)
Historic sites (739)
Retro (114)
SIGHT (382)
NEWS (185)
GOODS (86)
PC (40)
Lecture (18)
Greeting (14)
Blog (7)
TRAIL (9)

FC2カウンター

リンク

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。