続・竹林の愚人 鶴林寺

鶴林寺

鶴林寺

鶴林寺(かくりんじ) 加古川市加古川町北在家424

鶴林寺

仁王門
鶴林寺は聖徳太子の草創と伝える播磨の古刹である。
仁王門は、三間一戸の楼門形式で、大伽藍の正門として位置する。
屋根は入母屋造、本瓦葺で大棟に鬼瓦がつく。
全体を遠くから見れば、屋根と縁との張出しが良く、下層は高く、上層は低く、均整がよれて美しい。
縁下の組物には渦を彫った木鼻が出た絵様肘木があり、上下層とも脇の間や両妻(側面)に二ツ斗蟇股がある。
この楼門は室町時代に本堂の細部にならって建てられたものが江戸末期に大修理、改造されたものと思われる。
なお、階上の組物で二重の支輪は珍しい。        平成4年  兵庫県教育委員会

鶴林寺鶴林寺

仁王

鶴林寺

本堂   国宝   応永4年(1397) 本尊:薬師如来・日光菩薩・月光菩薩・持国天・多聞天
お前立ち:日光菩薩・月光菩薩・十二神将
仏教の説法を聞いたり儀式を行うことから大講堂とも呼ばれている。
13世紀頃に中国から唐様と天竺様とよばれる新しい建築様式が伝わり、14世紀頃に従来の和様と折衷した様式ができあがった。
この本堂はその折衷様式の最も優れた建築である。
内部は、中央で内陣と外陣にわけられ、内陣には美しい立派な宮殿があり、その中に、60年に1回ご開帳される10世紀ごろの秘仏が5体まつられている。
外陣では折衷様式の美しく力強い建築美が見られる。
なお、内陣の板戸には日本最古の鶴の絵などが描かれている。  平成8年12月  寄贈 加古川鶴林ライオンズクラブ

鶴林寺

太子堂  国宝  天永3年(1112) 本尊:釈迦如来・文殊菩薩・普賢菩薩・四天王
兵庫県下最古の建築で、聖徳太子ご創建の聖霊院の後身として太子堂とよばれているが、本来は西方にある常行堂と対をなす天台宗最古の法華堂である。
檜皮葺きの美しい屋根に宝珠がのせてあり、内部は正面に礼堂があり奥が3間4面の内陣になっている。
天井は小組格天井とよばれるぜいたくな天井である。
須弥壇後方の板壁には、表に九品来迎図、裏面には涅槃図、天井小壁には飛天図、その他長押し上の小壁、四天柱などからも創建当時の壁面が、昭和51年に赤外線写真によって発見された。
しかし今なおススにおおわれ肉眼では見ることができない。

鶴林寺

常行堂  平安時代(12世紀前半)  本尊:阿弥陀如来
この建物は、国宝太子堂とほぼ同時代であったものを1566年に瓦屋根に葺きかえたものである。
外観は比較的低くて、蔀戸や板扉を用い、簡素で上品な落ち着いた建物である。
内部は前方に参拝者が礼拝するスペースがとりこまれているが、これは太子堂の形式を一歩進めたものと言える。
このお堂では、「常行三昧」という、口で阿弥陀仏を唱え、心に阿弥陀仏を思いながら、休むことなく何十日も歩き巡る厳しい修業が行われた。
その遺構としては日本最古のものである。

鶴林寺

観音堂  江戸時代 宝永2年(1705)  本尊:木造聖観音菩薩立像
このお堂は、江戸時代宝永2乙酉年(1705)姫路城主の榊原政邦公の寄進によって再建されたものである。
元来、観音堂には愛太子観音と呼ばれる白鳳時代の聖観音菩薩をお祀りしていたが、明治時代の神仏分離政策以降は浜の宮神社の本地仏であった現本尊の聖観世音菩薩(秘仏)をお祀りするようになった。
構造は入母屋造り、本瓦葺き、正面一間の向拝付き。
奥二間が内陣、手前一間が外陣。
内陣の須弥壇上に妻入軒唐破風付きの厨子を置き、秘仏の本尊聖観世音菩薩を祀る。
手前は御前立像の聖観世音菩薩、須弥壇右には善光寺如来を祀る。

鶴林寺

護摩堂  重文  永禄6年(1563)  本尊:不動明王
比較的小さいお堂であるが、均整のとれた簡素で美しい建物である。
また内部は大きな梁などの用い方に奇想天外ともいうべき手法が用いられている。
内部中央に護摩壇があり、火を焚いて本尊不動明王と自分とが一体になる祈祷を行うお堂である。

鶴林寺

地蔵堂

鶴林寺

新薬師堂

鶴林寺

三重塔    
三間三重、本瓦葺、初重は文政年間(1818~1830)の大修理の際、ほとんど新材で補修された。
二重、三重の軸部および斗栱部、軒廻りは古様をよく伝えている。
各部の鬼瓦などから室町時代の建築と思われる。
内部は心柱が二層目で止まり、初重の四天柱内に須弥壇を築く。
壇上には本尊大日如来坐像を安置する。
出入り口の扉は板扉で内部に江戸末期の修理の際の寄付者名などが墨書または彫刻されているのが珍しい。
なお、相輪は昭和25年に改鋳されたものである。

鶴林寺 

鐘楼   応永14年(1407)
この鐘楼は、階段を2階にのぼって鐘をつく一般には少ない立派な構造になっている。
外部から見ると建物が「袴」をはいているように見えるので「袴腰造り」と呼ばれている。
鐘楼としては大型であり、バランスの良さと、リズミカルな構造によって非常に美しい優れた建築になっている。
国宝本堂より10年おくれて建てられたもので、本堂と一連の建立であるといわれている。
重要文化財の梵鐘は、約1000年前の高麗時代に造られた「朝鮮鐘」で、形も魅力的であるが、「黄鐘調」の妙なる音色をもった名鐘である。

鶴林寺

行者堂   重文  応永13年(1406)  本尊:神変大菩薩(役行者)
正面が春日造り、背面が入母屋造りという小さいが珍しい建物である。
本堂、鐘楼とともに室町時代初期の鶴林寺全盛期に建てられ同じく折衷様式である。
日本には古くから「神」と「仏」とは同体であるという思想があった。
前方の鳥居が示すように、仏教の聖地「鶴林寺」を守護するため「日吉神社」が建てられたのがこのお堂の前身である。
しかし明治以後、絶大な超能力を身につけた山岳修業のリーダー役行者をまつり「行者堂」となった。
毎年3月23日に、この前庭において大護摩が焚かれ、世界の平和と人々の幸せを祈っている。
関連記事

テーマ:兵庫県 - ジャンル:地域情報

  1. 2013/10/31(木) 07:00:02|
  2. Shrines
  3. | コメント:0
<<加茂神社 | ホーム | 下居の清水>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

bittercup

Author:bittercup
近畿の社寺仏閣と旧跡を巡っています。

Translate

検索フォーム

Loading

月別アーカイブ

カテゴリ

Table of Contents (46)
BOOK (1275)
Shrines (1717)
Historic sites (739)
Retro (114)
SIGHT (382)
NEWS (185)
GOODS (86)
PC (40)
Lecture (18)
Greeting (14)
Blog (7)
TRAIL (9)

FC2カウンター

リンク