続・竹林の愚人 久渡古墳群

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久渡古墳群

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久渡古墳群(くどこふんぐん) 奈良県北葛城郡上牧町大字上牧83-1

久渡古墳群

久渡1号墳  
前方部を東に向ける全長約60mの前方後円墳。

2011年に宅地開発の計画が持ち上がり、上枚町教委、奈良県教委、橿原考古学研究所が現地調査を行なった結果、久渡2号墳の存在が確認された。
2011年11月から上牧町教委の試掘調査で3号墳、4号墳、5号墳が確認され、最終的に7基の古墳が確認され、久渡古墳群と命名された。

久渡3・4号墳

久渡3号墳
古墳時代前期初頭の古墳ですが、古墳時代後期に新たに築造された4号墳により墳丘の一部が破壊されています。
埋葬施設は南から北に延びる尾根上を、東西方向に造営されています。
埋葬施設を区画するための溝(区画溝)は長さ8.2m、幅5.2mで、直線的に延びることから、方形を基調とした墳丘形態が想定できます。
墳丘の北側は近現代の土採りや地崩れのため大きく失われており、築造当初の姿は不明です。
盛土は確認できませんでした。
尾根の幅や埋葬施設の配置などを勘案しますと、一辺15m前後の方墳であったと推定されます。
また、墳丘北側が大きく崩れている状況から、北側に短小な前方部を持つ前方後方墳であった可能性も排除できません。
久渡3号墳配置図 
埋葬施設  (上から第2埋葬施設・第1埋葬施設・第3埋葬施設)

木棺直葬3基を確認しました。
いずれも尾根筋から見ますと直角に交差させた状態で、南北に並列するように築造されています。
第1埋葬施設(中央)
長さ5.2m、幅1.8mの隅丸長方形を呈する墓壙内に、長さ4.9m、最大幅0.6mの組合式木棺を直葬したものです。
墓壙幅が東側に向かって広がっていることから、被葬者は東に頭を向けて埋葬されたと思われます。
現状では盗掘等の痕跡はみられませんが、主要部における副葬品の配置状態は一切不明です。
また、第1次調査で見つかった鉄槍片1点と鉄鏃4点は、本来棺内中央西寄りの床面から約20cm上にあったことが判明。
また、棺の西端部で土師器(壺)の破片が棺内の上層から下層にわたって出土し、棺上に置かれた土器が木棺の腐食により落下したものと考えられます。
第2埋葬施設(南側)
長さ2.5m、幅0.95mの長方形の墓壙内に、幅0.64mの組合式木棺を直葬したものです。
墓壙幅が東側に向かって広がっていることから、被葬者が東に頭を向けて埋葬された可能性があります。
盗掘等の痕跡はみられませんが、遺物は出土しませんでした。
第3埋葬施設
長さ4.96m、幅1.45mの隅丸長方形の墓壙内に、長さ3.6m、最大幅0.6mの組合式木棺を直葬したものです。
こちらも墓壙幅が東側に向かった広がっていることから、被葬者は東に頭を向けて埋葬された可能性があります。
第1・第2埋葬施設と同じく盗掘等の痕跡はみられませんが、遺物は遺構検出時に土師器の破片1点が出土したにとどまっています。

3号画文帯環状乳神獣鏡

画文帯環状乳神獣鏡
内区に環状の乳が8つ配され、4匹の神獣の肩と腰に置かれます。
それぞれの神獣に対応して、伯牙・東王父・西王母・黄帝など神仙像が配置されています。
外区の画文帯は、時計周りの図像が配置されています。
それは、下方に配された雲車とそれを曳く6匹の龍を中心に走獣、飛禽、亀とともに騎仙が続き、その中に神仙が円形の像を捧げている像が2つ、ほぼ対角の位置に描かれており、この図像は中国の日月の運行を表現しているものといわれています。
古墳時代の前期の遺跡から画文帯環状乳神獣鏡が出土している破片も含めた完形鏡は、全国では29面出土しており、今回の出土では30例目、奈良県内では8例目にあたります。
今回出土した銅鏡の大きさは直径14.2cm、重さ約511.43gです。
銅鏡の文様は精緻で、遺存状況が非常に良好です。
半円方形帯には6mm角の方形が12個あり、1個につき4文字ずつ、計48文字の銘文を確認しました。
「吾作明竟 幽涷三商 周刻無口 配像萬疆 白牙□樂 衆神□□ 天禽四守 銜持維□ □従富貴 安楽子孫 番昌大吉 其師命長」
銅鏡は橿原考古学研究所の分析により、大阪府和泉黄金塚古墳のものと「同型鏡」と判明しました。
和泉黄金塚古墳は古墳時代線期末~中期初めの前方後円墳で、全長は約94mあります。
埋葬施設は後円部に3か所確認され、ちゅおうの埋葬施設からは景初3年(239)の紀年銘がある画文帯同向敷神獣鏡

4号3号墳

久渡4号墳
4号墳は3号墳の一部を削平して築造された古墳時代後期の直径約18mの円墳と考えられる。
木棺直葬で須恵器や臼玉(うすだま)が発見された。

久渡5号墳
5号墳は方墳と推定しています。
墳丘規模は南北約18m、東西は17m以上と考えられます。
周溝内からは銅鏡片1点のほか須恵器と土師器、サヌカイトの剥片が出土しました。
埋葬施設
埋葬施設を2基確認しました。
いずれも南北を主軸とし、東西に並列しています。
第1埋葬施設(西側)
初葬である第1埋葬施設は、古墳造営時に地山面を平たんに整地して礫を敷き詰めています。
その礫敷き上に木棺を安置したのちに、木棺上部を残して周辺に盛土を積み墳丘を形成する、しすて遺体を木棺に埋葬後、木棺上部を埋める、という構築順序が想定されます。
第2埋葬施設(東側)
第1埋葬施設の東側約3mに位置し、第1埋葬施設構築時の附ny空盛土を切り込んで方形の墓壙が設置されています。
墓壙内より棺外遺物として須恵器(長脚2段透無蓋高坏・台付長頸壺)が出土しています。
他の出土遺物
第1埋葬施設では、棺外遺物として刀子などの鉄片が出土しています。
いずれも小片のため、時期は特定することができません。

P1150105.jpg

第2埋葬施設では棺外遺物として長脚2段透かし無蓋高坏と台付長頸壺が出土しました。
そのほか、周溝内より銅鏡片1点、須恵器片、土師器、サヌカイトの剥片や瓦器が出土しました。
墳丘盛土などでは土師器と石鏃が出土しています。
なお、周溝内出土の鏡片には錆がみられず、鏡縁部で斜縁―鋸歯文―複線波文―鋸歯文を明瞭に確認することができます。
鏡縁形や外区文様など、排土出土の銅鏡片と共通点が多い。
同一鏡の可能性もあるが、残像状況が著しく異なることから、別個体である可能性も捨てきれません。
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テーマ:奈良 - ジャンル:地域情報

  1. 2014/02/17(月) 06:59:55|
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