続・竹林の愚人 首途八幡宮

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首途八幡宮

首途八幡宮

首途八幡宮(かどではちまんぐう) 京都市上京区智恵光院通今出川上る桜井町102−1
宇佐神宮(大分県宇佐市にある八幡宮の総本宮)から八幡大神を勧請したのが始まりと伝えられ、誉田別尊(応神天皇)・比咩大神・息長帯姫命(神功皇后)を祭神とする。
もとの名を「内野八幡宮」といい、平安京の大内裏(皇居や官庁があった場所)の北東に位置したため、王城鎮護の神とされた。
かつてこの地には奥州(東北地方)で産出される金を京で商うことを生業としていた金売吉次の屋敷があったと伝えられ、源義経(牛若丸)は奥州平泉に赴く際に、吉次の助けを得て、ここで道中の安全を祈願して出立したといわれている。
「首途(かどで)」とは、「出発」を意味し、この由緒により「首途八幡宮」と呼ばれるようになった。
このことから、特に旅立ち、旅行安全の神として信仰を集めている。   京都市

首途八幡宮

武勇と仁義に誉れ高き英雄、源九郎義経(幼名牛若丸)は高倉天皇の時、承安4年(1174)3月3日夜明け、鞍馬山から、ここ首途八幡宮に参詣し旅の安全と武勇の上達を願い、奥州の商人金売橘次に伴われ奥州平泉の藤原秀衡のもとへと首途(旅立ち)した。
この地に橘次の屋敷があったと伝えられ、この由緒により元「内野八幡宮」は「首途八幡宮」と呼ばれるようになった。
時に源義経16才であった。
源義経が奥州へ首途して以来830年を記念し碑を建立する。
 「雍州府志」 貞享元年(1684)黒川道祐著
  橘次井在西陣五辻南桜井辻子。相伝、此処売金商橘次末春之宅地也。此井大面水又清冷也。源義経従橘次東行時、自此処首途。
平成16年9月吉祥日   首途八幡宮奉賛会

首途八幡宮


首途八幡宮

拝殿  祭神:応神天皇・比咩大神・神功皇后

首途八幡宮

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