続・竹林の愚人 治田寺

治田寺

治田寺

治田寺(じでんじ)  尼崎市戸ノ内町2‐4‐11
この寺は、真言宗(高野山派)の古刹であり、寺伝によれば天平年間(729~749)聖武天皇の勅許を得た行基が当地の霊木を自ら刻み、本尊の薬師如来を造仏し。「治田」と号されたと伝えられています。
当寺建立の地、戸ノ内は倉橋とも呼ばれ、早くから河川交通が発達し、人々の往来がある栄えたところでした。
倉橋の地名は、河岸に建ち並ぶ倉庫の倉に由来しているといわれています。
平安時代には摂関家の荘園(椋橋荘)がこの地にできると、この寺は荘園の中心寺院となり、荘民の厚い信仰が寄せられることになります。
この荘園は、鎌倉時代以後猪名川を境にして東西の倉橋荘に分かれ、治田寺のあるこの地を西倉橋荘西倉橋村と呼び、戦国時代には池田氏の出城として同寺は利用され、西倉橋村の小字(殿ノ内)から戸ノ内の名がつけられました。
当地が京都や奈良の文化を摂取したことを物語る文化財として、この寺には2体の平安時代(藤原期)の仏像彫刻があります。
阿弥陀堂に安置されている阿弥陀仏如来坐像は、檜材の寄せ木、坐高138cmの堂々たる仏像です。
中央の正統派の仏師による藤原末期の作と考えられています。(昭和51年3月28日、県重要文化財に指定)。
本堂の十一面観音菩薩立像は、高さ100cmの一木造です。
混雑な面相から藤原後期の作と指定されています。  尼崎市教育委員会

治田寺

本堂  瑠璃光殿  本尊:薬師如来   脇仏:弘法大師・十一面観世音菩薩

治田寺

無量寿殿

治田寺

鎭守堂  金神・金毘羅大権現・三宝荒神・稲荷大明神

治田寺

鐘楼
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  1. 2014/06/03(火) 22:12:54|
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