続・竹林の愚人 富松城跡

富松城跡

富松城跡

富松城跡(とまつじょうあと) 尼崎市富松町2丁目
富松城は戦国時代の城館で、長享2年(1488)の資料にその名がみえます。
永正4年(1507)以降、室町幕府三管領の一家に数えられ摂津など畿内周辺の数カ国の守護を占めていた有力大名細川氏の分裂抗争を発端とする戦乱が尼崎地域に及ぶと、西摂地域の重要拠点であった尼崎城・伊丹城・越水城(現西宮市)のほぼ中間地点に位置し戦略上の要地である富松城は、その戦乱の主要な舞台のひとつとなりました。
目の前に残る小山と溝は、城の西側の守りとして築かれた土塁と掘の一部と考えられます。
これまでの発掘調査では、土塁の内側(東側)に当たる場所で大規模な堀が見つかっていることから、冨松城は土塁と二重の堀を整え、東西150m以上、南北200m以上の規模の城館であったと推定されます。
今も残る小高い土塁は、戦国時代の総覧を今に伝える大切な歴史的遺産です。  
平成21年9月   尼崎市教育委員会


富松城跡



富松城跡

土塁

富松城跡

西面

富松城跡

東面

富松城跡

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テーマ:兵庫県 - ジャンル:地域情報

  1. 2014/06/17(火) 21:56:36|
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