続・竹林の愚人 泉布観

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泉布観

泉布観

泉布観(せんぷかん)  大阪市北区天満橋1-1-1
泉布観は明治4年(1871)、造幣寮(造幣局の前身)の応接所として建てられた。
煉瓦造(一部石造)2階建てで、設計者はアイルランド出身の技師者ウォートルスである。
建築様式は一般的にベランダコロニアル様式と呼ばれ、ベランダを巡らせること、窓が床面から立ち上がるフランス窓であること、その外側に鎧戸がつくことなどが特徴である。
高温多湿の気候に合わせた建築様式である。
明治5年に明治天皇が大阪に行幸されたとき宿舎として利用された。
泉布観の名はその時天皇の命名によるものであり、「泉布」は貨幣、「観」は立派な館を意味する。
その後も皇族や外国からの要人を迎えた。
わが国で最初期の本格的な洋風建造として貴重である。
大阪市・大阪市教育委員会

泉布観


泉布観
煉瓦小屋
造幣寮の敷地内にはいくつかの洋風建築が建っていて、泉布観の南隣には同様の構造の北異人館(中等洋人館)があった。
この煉瓦小屋は北異人館に付属する建物であったが、大正時代末期に国道一号線の建設工事にともない北異人館は取り壊され、この建物だけが残った。
煉瓦の積み方はフランス積みと呼ばれ、横方向には煉瓦の短辺と長辺が交互に見えるように並べ、その上下の段は位置をずらせ、短辺が見える位置の上下には長辺が見えるように並べる積み方である。
わが国では明治中期以前の古い建物に使用された積み方であることから、その時期の建設と思われる。
大阪市・大阪市教育委員会

泉布観

明治天皇御上陸之所・明治天皇駐蹕之所
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テーマ:大阪 - ジャンル:地域情報

  1. 2014/07/17(木) 20:48:14|
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