続・竹林の愚人 久米寺

久米寺

久米寺

久米寺(くめでら) 橿原市久米町502
真言宗御室派仁和寺別院  靈禅山 東塔院
当寺は推古天皇の勅願により用明天皇の皇子聖徳太子の御弟君にまします来目皇子の御建立された寺院であります。
皇子が7才の御時、眼病を患い給いしとき、御兄君聖徳太子のおすすめで、ここにおいて衆病悉除の薬師如来の願力を頼み、37日丹精無二の祈願を成し、21日満願の暁き、不思議なるかな25菩薩と御供に1寸8分閻浮陀金の薬師瑠璃光如来天より皇子の左の御手に御降臨あらせられ、皇子の両眼は如来の大慈光明に照らし給ひ、両眼忽ちに平癒あらせられ故に皇子自ら吾は来目皇子と称し、金堂講堂鐘楼経蔵大門五重塔等造営ありて伽藍となし、皇子の名を取りて来目の精舎と来目皇子七堂伽藍創立以前に武人の始祖大久米部之命の末孫等久米部の氏寺として、遠く天竺より我朝に来り当寺に寄留して日本最初の多宝大塔を建立し、3粒の仏舎利と大日経とを塔柱に納め給う。
大同2年11月8日弘法大師は諸大弟子と宝塔内において経王を講讃し、はじめた真言密教宣布し給う。
真言宗を日域に弘め給う密教弘演の根本秘宗傳燈の聖地である。
後に久米寺と改称せられる。

久米寺
本堂  本尊:薬師如来
久米寺

久米寺
阿弥陀堂
久米寺
観音堂
久米寺
大師堂
久米寺
多宝塔
重要文化財 多宝塔の由来
養老2年(718)、印度摩伽佗国の王善無畏三蔵という人が帝王の位を持って我が国に来朝。
720日の間、久米寺に寄留して高さ8丈四方の塔を建設し、3粒の仏舎利、並びに大日経を塔中に納めたとして広く内外に知られたのである。
実に弘法大師は延暦年間、当久米寺に於いて大日経を感得。
桓武天皇の勅を賜わり渡唐受伝の上、大同2年(807)11月8日、多宝塔内に於いて初めて真言宗密教を宣布した。
即ちこれが真言宗根本道場の基礎となったのである。
ただし、現在のこの塔は、嘉永初期、京都御室御所仁和寺より賜わり、いにしへの礎石の上に移築したものである。以上

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鐘楼
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金刀比羅宮
久米寺
久米仙人
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大塔礎石
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  1. 2015/01/22(木) 23:21:20|
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  3. | コメント:1
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コメント

二月になりました。

■bittercupさま。
二月になりました。
一月下旬に不覚にも風邪に罹りまして、
十日あまり風呂にも入れず、散歩も止めて、
静かにしておりました。
冬の寒さが身に堪えるようになりました。
二日ほど前から風呂も散歩も再開しましたので、
ご放念を。
二月は私の誕生月で、私も「ん」歳になりました。
つまらないことを書きました。 では、また。
  1. URL |
  2. 2015/02/01(日) 05:13:50 |
  3. sohya #-
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