続・竹林の愚人 琉球国の滅亡とハワイ移民

琉球国の滅亡とハワイ移民


鳥越皓之琉球国の滅亡とハワイ移民 (歴史文化ライブラリー)

「沖縄ケンケン豚カウカウ」(ケンは県、カウカウはハワイ語で食べる)
その当時は内地でもそうだったが、ハワイでも沖縄人に対する差別はかなり厳しかった。
沖縄はすでに日本のなかの一つの県となっていたが、言葉が相互に通じなかったことが大きな理由だと沖縄からの移民の人たちは言っていた。
また、沖縄では豚を飼う伝統があって、ハワイでも養豚業をしている沖縄人の割合が高かった。
養豚業は周辺の住民に悪臭を与えるので評判がよくなかった。
そのため、沖縄人は臭いというような言い方など、さまざまな形での差別もあった。

日本人(内地の人)によるいわゆる沖縄人への差別の理由として、通常は二つがあげられている。
ひとつが、沖縄県出身者は他の県の出身者よりも貧しかったからという「貧困」を理由とするものである。
もうひとつは、沖縄県よりも山口県や広島県など他の県の出身者が先にハワイに来ていて、ハワイで一定の地歩を築いていたが、沖縄県民は新参者であったからという、「後発」としての理由である。
これら二点の理由は否定できない事実だ。
けれども、根源の理由は、沖縄が日本によって滅ぼされた(併合)からだと私は解釈している。
この種の差別は、植民地化した朝鮮や台湾(また日清戦争後の中国)の人たちへの差別と同根である。

戦前では全国平均で100人に1人が移民として出て行ったのであるが、沖縄は10人に1人なのである。
その理由はなんであろうか。

それは琉球国の滅亡である。
国の滅亡が高い割合の移民をもたらしたと言える。
国の統治力としてのタガが外れたので流出したし、またタガが外れたことによって、制限が弱くなったからである。
タガがゆるんだという事実は、その当時の為政者にとってはおもしろくない。
したがって、奈良原知事が「時期尚早」論をうちだすのは、実に定石どおりの対応である。
そういうなかで民権運動という「定石破り」の運動が展開され、成果を得たのである。
民権運動は政治運動から移民活動という経済活動に移っていくことによって成功する。
ただ、移民に呼応した人たちは、当山久三の名前を知っている者はいたにはいたが、そのほとんどは、民権運動的な考え方にはまったく無関心で、経済的安定と、できるならば経済的に豊かになることのみを夢見て移民として海を渡ったのが現実であった。

浦崎政平(1908年生まれ)はいう。
学問のない人に限って、沖縄を軽蔑した。
わしら沖縄県人がこちらに来て、「鼻を高くしてよいな」と思うたのは、賀川豊彦先生の話から。
あの人がヒロ(ハワイ島)の大和座で話されたことがある。
人類のこと。歴史のこと。
日本の歴史はふたつある。「現代の歴史」(国が作為的につくった歴史)と「本当の歴史」。
もしずっと大昔の姿をみたいなら、沖縄へ行け、と言われた。
沖縄の言葉にはむかしの日本語があるんだと。
沖縄が大事ゾ、と言われた。
それからみんなが〔沖縄を〕見直した。

唐の世から、大和の世、大和の世から、アメリカ世、アメリカ世から、また大和の世。
沖縄世にはならんではありませんか。(川上喜子)
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  1. 2016/05/07(土) 18:36:51|
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