続・竹林の愚人 初詣の社会史

初詣の社会史

4130262416初詣の社会史: 鉄道が生んだ娯楽とナショナリズム
平山 昇
東京大学出版会 2015-12-26



伝統的なものと思われている初詣は、実際には明治期の鉄道が郊外に広がっていく過程で成立・展開してきた近代的な産物であると筆者は指摘する。

とくに、東京では明治天皇に対する二重橋前平癒祈願の記憶が再生される場となった明治神宮が、従来は知識人において「迷信」とされてきた神社参詣が天皇を思う国民の「感情美」として好意的に解釈されたため、知識人を遠ざける心理的障壁にはならなくなった。
そして、「皇室=明治神宮=初詣」を三段論法的に飛躍させて、国民が宮中の四方拝に倣って古くから行ってきたものとして初詣を語る言説が生み出されることになった。
初詣は、知識人によってナショナリズムの文脈でとらえ返され、「国民」の行事となっていった。

江戸の正月元日の恵方詣は近世から行われており、大阪では節分の恵方詣は盛んであった。
東京は元日の恵方詣、大阪は節分の恵方詣という違いはあったものの、郊外へ延びる鉄道が誕生した結果として恵方詣の範囲が郊外の社寺へと拡大される。
明治30年代になると、鉄道網の拡大によって川崎大師のみならず堀の内祖師(堀之内妙法寺)、西新井大師、成田山新勝寺といった郊外の仏閣も参詣者が増大する。

近世の西宮神社は、丹波・丹後・但馬・播磨・淡路といった農漁村地帯の人々や大阪・兵庫の商人が参詣していた。
しかし、明治38年に阪神電車が開業して大阪からの参詣客誘致を行うようになると、にわかに大阪からの参詣客が増加するようになる。
明治40年の節分に際して、阪神電車は西宮神社が大阪から恵方に当たるとして宣伝を行い、参詣客が大幅に増加するという結果をもたらした。
大阪の場合、従来は節分参詣で使用されていた恵方が、鉄道会社によって年頭の参詣にも拡大適用されるようになった。
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