続・竹林の愚人 孤塁の名人
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孤塁の名人

孤塁の名人―合気を極めた男・佐川幸義孤塁の名人―合気を極めた男・佐川幸義
(2008/03)
津本 陽

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大東流合気柔術の基礎は剣の修業である。剣術は動きが速く、ピカリと光れば首が飛ぶ。剣の修業をきわめると、無刀捕りができるようになる。これがすなわち合気柔術で、合気は剣の修業の過程において養うべき術であると、武田惣角はいっていた。
惣角は門人に詳しく教えることをせず、自分の動作を見て自得せよという。奥儀といわれるものを、言葉で表現することが不可能であったためであるかも知れない。
昭和23年に植芝合気会を設立した植芝盛平は、若い頃武田惣角の門人となり初段を許されていた。
武田惣角に教えをうけているとき、なんだかよく分らないながらも、ある霊感のようなものを感じたという。
魔法としか思えない合気であった。
合気は大東流の術技として存在していた。
だがそれは体内での筋肉の動きによるもので、外見ではまったく分らない。
合気揚げについて、惣角は「朝顔の花のひらくように五指をひらけ」との口伝を残している。
指先をひらき、手首をやや外側にまわしながら揚げてゆき、相手の体の重心を浮きあがらせ、平衡を崩せばよいという。だが実際にその動作をまったく力を用いずおこなうには、ふつうの人には魔法としか思えない。
昭和4年(1929)に門人の海軍大将竹下勇が実話雑誌に、「武田惣角武勇伝」を発表して、武田惣角の名が全国に知られるようになった。
大東流の極め技が幾百とあって、それを修得しても、合気を知らなければ相手の抵抗を無にすることができず、佐川幸義以外には、動きに眼を奪われるばかりで、合気によって相手の力を抜いていることに気づかなかった。
そのため合気とは逆手技であるとか、体当りであるなどの見当違いの解釈をする武道家が多かった。
佐川幸義は、武田惣角から合気についての教示を一度も受けたことがなかったという。
惣角は術技を披露するだけで、説明はまったくないため、佐川はいろいろと考え工夫した。原理を知るためには、常識を超えた理に対し開眼しなければならない。
佐川幸義が75歳になって完成させ、自由自在に遣えるようになった体の合気は、恐怖すべき技であった。
道場に立っているだけで、前後左右から突き、蹴り、投げをしかけてくる複数の相手を、わずかに手足を動かし、身じろぎするだけで数メートルも風を切って飛ばし、あるいは足もとに崩れるように倒す。
百歳を超えてもなお、変らぬ雄姿を保ちつづけるだろうと思っていた佐川幸義は、95歳で急死した。
合気は文化だ。佐川幸義の妙技の域に複数の門人が達することを祈りたい。
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テーマ:読書メモ - ジャンル:本・雑誌

  1. 2008/07/30(水) 16:35:16|
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  1. |
  2. 2009/08/25(火) 08:18:06 |
  3. #
  4. [ 編集 ]

Re: 合気の理論

> 「会津の武田惣角」、最近作「合気の発見」の著者池月映です。武田惣角の生家がある会津を七年間取材して、新作は合気の理論を教えた人物(占い師)、柔術を教えた人物(日新館師範黒河内伝五郎の弟子)を探しあてました。これまでの口伝(甲斐武田、会津藩殿中護身術)を信じる郷土史家はなく、地元では誰も書かない実情でした。有名作家の作品は単なる小説にすぎない。合気は日本の誇る文化だという高い評価と、現実はあまりにもかけ離れていまいた。そんなわけで、新作は地元、郷土史家、武術家に評価されるものと思っております。
> 佐川幸義氏の父親も会津生まれなのですが、生家がどこなのか不明のままです。
>  現在、竹下勇海軍大将の書いた「武田惣角武勇伝」の「実話雑誌」を探しておりますが、なかなか見つかりません。ご教示いただけれは幸いです。

池月映 様
コメント頂き、ありがとうございます。
すでにご存じのことと思いますが、「日本の古本屋」にあるのは、一番古くて、昭和7年です。
国会図書館の検索サイトでも検索しましたが、見当たりません。
http://opac.ndl.go.jp/index.html
竹下勇海軍大将関係の本があるぐらいです。

  1. URL |
  2. 2009/08/25(火) 22:25:30 |
  3. bittercup #-
  4. [ 編集 ]

武田惣角と佐川幸義

実話雑誌に書いた「武田惣角武勇伝」(竹下勇)は、国会図書館の検索サイトでも見つかりませんでしたね。ご協力ありがとうございました。おそらく、植芝盛平さんが持っていて、同郷の津本さんは見せてもらったのでしょう。新作は初版なのに、古書市場では定価の3倍近くの値がついて、前作と同じような感じです。いずれは、映像化されることを期待して、小説・ノンフィクションの2部制で書いてみました。
「気」というは、密教、修験道、中国気功にもあって、理論的には身口意という東洋的身体観で、体験的に実証できます。ただし、霊感の強い超能力者(武田惣角・佐川幸義)は高度の技術を会得できます。
 武田惣角は指導者(占い師)に恵まれましたが、佐川幸義は技は見せてもらっただけなので、時間がかかったと思います。
 現在、門人の方でかなりの技術を持った方がおられますので、今後が楽しみです。
  1. URL |
  2. 2009/08/26(水) 08:20:51 |
  3. 池月映 #DE0/dlk.
  4. [ 編集 ]

保科近悳と合気

武田惣角・三男時宗の遺稿集が発表されました。父惣角一代記、遺言、神通力などtが書かれております。
 保科近悳から護身術と天台密教を教わって合気を会得したと言われてました。
 しかし、密教の内容は真言宗しかありまsん。それもヨガ密教の内容としかおもえない。
 考えてみれば、新政府の監視の中で仕事とと関係なく、元家老が修験道を密かに修行することはありえない。
 佐川幸義が指摘した「武術の達人ではない」は、また証明されたと思います。
 私が発表した天才占い師は真言宗でした。歴史の真実がまたひとつ明らかになりました。
  1. URL |
  2. 2010/03/28(日) 16:50:03 |
  3. 池月映 #K7Q.wwCQ
  4. [ 編集 ]

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